第30回:節水ノズルで水道代が安くなる話題の『バブル90』

モノづくり
MATSUMOTO
こんにちは。イデア・クリエイションの松本泰二です。
IDEAストーリー

起業家のストーリーを追体験してもらおうという無料のインタビューサイトです。

このサイトでは、これから起業に興味のある方に向けて、成長のサービスを展開されている方、面白いサービス、商品を出されている方、各分野の実績を出されている専門家の方々にインタビューということで、各スペシャリストの方にお話を伺ってしまおうというような内容で、毎週お届けしています。

 

本日のIDEAストーリー。ゲストは、株式会社DG TAKANO 代表取締役 高野雅彰さんです。高野さん宜しくお願いします。

高野社長
宜しくお願いします。

 

現在どういった事業をされているのか自己紹介のほうお願いします。

高野社長
今は節水のノズルを作って販売しております。蛇口の先端に取り付けるだけで最大95%、平均でだいたい8割から9割くらい、水の使用量をカットして、手洗いしたりとか、食器洗いしたりとか、そういうものができると、そういうノズルになっています。

 

松本
8割9割というのは例えば、10リットルの水だったら。1リットルで使える。
高野社長
1リットルで同じ洗浄力出せるということですね。

 

松本
これはなんと言う商品名なんですか?
高野社長
バブル90という商品名で売っています。

 

松本
なんでバブルだったんですか?
高野社長
水のなかに空気を含ませたりするので、泡の力。泡という意味ですね。

 

松本
90というのは
高野社長
90パーセントカットするというイメージでつけています。

 

バブル90の特徴というのがあれば教えてください

高野社長
水の出方に特徴がありまして、水を断続的に出すというか、水の玉を連続して出す。脈動流という水の飛ばし方なんですけど、マシンガンの弾丸のようなかたちでイメージしてもらうと分かりやすいかなと思います。これが高速で飛んで出ますので、1本の水の柱に見えるんですけど、実際は断続的に出ており、これをノズルの構造でやっているというのがうちの特徴です。

 

松本
普通のはマシンガンじゃないですもんね。
高野社長
普通のは水の塊がそのまま出ますよね。

 

松本
普通のはすごい無駄がある?
高野社長
そうですね。水の柱がそのまま出てくると非常にもったいないんですね。例えば、その蛇口の下に手を入れたときに、最初にあたった水は汚れに直撃しているので洗浄に使われていますよねと、でも、その次の水はどうなるかというと、汚れにあたらずに水の上を水が滑り落ちていくというイメージ分かりますかね?

 

松本
分かります。
高野社長
水の上を水が滑り落ちていくと、汚れに当たらない水はすべて無駄ですよね。これ浄水から、そのまま下水にお金を捨てているのと同じです。これをなんとか防ぎたいと思って、水を玉のように出すと、すべての水が汚れに直撃するわけですよね。そういうのを開発しました。

 

松本
じゃあ、そのアイデアの部分は後ほど聞いていきたいと思うんですけども、これはどんな蛇口でも設置ができたりするんですか?
高野社長
ほとんどの蛇口につけられます。家庭用でももちろんオッケーです。ただ、今はまだ家庭向けには販売していません。主にレストランとかですね、飲食店さんのキッチン向けに今販売しております。

 

松本
今、節水の市場というのはどういう状況なんですか?
高野社長
節水の市場というのは、日本国内ではまだまだ小さな市場ですけどね。世界的に見ると、世界中で水不足の国が圧倒的に多いので、これからは水と食料がどんどん不足していくという時代に入ってきますので、節水の需要というのはどんどん大きくなっていくんじゃないかなと思っています。

 

松本
日本市場だけじゃなくて、世界的にも今も展開している?
高野社長
今もう展開しようとしています。

 

松本
実際使っている方、飲食店が多いと思うんですけど、使っている方のお客さんの声とかありますか?
高野社長
一番喜ばれるのは、やっぱりどれだけコストが下がったかというところですね。水道代と、ガス代ですね。

 

松本
コストは結構どのくらい。違うと思うんですけど。
高野社長
お客様によってまちまちですけど、多いお客様だと50%超える節水率を出す、お客さんもいます。店舗全体の話なので、例えば、ラーメン屋さんのスープの水って、使う水は削減できないわけですよね。スープや、トイレの水というのは削減していないわけですよね。この製品では関係ないので。

なので、そういうのも含めた、トータルの店舗の水の使用量がどれだけ削減できるかでやっていくんですけど、これはお客さんが普段どういう水の使い方をしているかによって大きく変わってきます。うちは蛇口の先端につけますので、その蛇口から出る水の量のだいたい8割から9割くらいをカットしますよという製品なんですね。

 

松本
デパートだったりとか、ちょっとしか出なくて、数秒で止まっちゃうみたいな、ああいうのも節水。
高野社長
あれは、センサーで1秒か2秒、水が出たら止まると、ちょっとしか出なくて、洗えないですよね。手が濡れたらいいというレベルであればあれでいいんですけど、あれで食器洗えますかといったら洗えないですよね。なので、超節水しながらちゃんと洗えるというのはなかなかないんですね。

 

松本
飲食店とかだと、洗い物がやっぱり必ず必要なので洗い物系にはすごい合っているかなと。
高野社長
飲食店の洗い場で使っていただくにはすごい効果が出ますね。

 

松本
飲食店以外はあるんですか?
高野社長
飲食店以外でも例えば、工場の手洗いで使っていただいたりだとか、あとはスーパーのバックヤードで使っていただいたりだとか、あと病院で使っていただいたりだとか、学校もありますし、いろいろなところで使っていただいています。

 

松本
では、どういった経緯があって今に至っているのか時系列に高野さんのストーリーをお伺いしていってもよろしいでしょうか。
高野社長
もともと東大阪の町工場の3代目で生まれ育ったんですね。私は中学に上がると同時にバブルがはじけたわけですよね。それまでバブルではぶりの良かった社長さんたちが一気に景気が悪くなって、倒産が続いたわけです。そういう環境を見て育ってきたので、やっぱり仕事のしんどいところを見ながら育ってきたというかね。

 

松本
分からないなりにも感じる部分が。
高野社長
全然やっぱり違いましたね。そういうの見て育って、親の仕事も継ぎたくないなと、その時代にやっぱり親ももっといい仕事があるんなら勉強して他の仕事やりなさいというような、そういう教育をうちだけでなくて、他の町工場の社長さんたちはみんなしていたんですよ。

 

松本
バブル前までは継ぐみたいなのあったんですか?
高野社長
景気が良かったので、何やっても成功するというかね。そういう時代でしたので、(継ぐ話もあった)と思いますけどね。それはガラっと変わったんですね。だからと言って、サラリーマンも魅力を感じなかったんですよ。なので、起業するしかないと、自分でやりたい仕事を自分で作って、自由にできるじゃないですか。自分で起業すると。

 

松本
それは中学くらいから思っていたんですか?
高野社長
中学、高校、大学と、そういうことを考えながら育ってきました。ですので、大学も文転して経済学部に行きましたし、就職活動も僕の同期はみんな大企業に行くなか、一人、ITのベンチャー企業に行きましたし。

 

松本
起業するというのがあったからベンチャーのほうがいいかなって。
高野社長
そうです。なので、もともと入るときは3年で自分は辞めると、そういう条件で入りました。

 

松本
どういう会社だったんですか?
高野社長
ファミリー企業で1代で一気に大きくなっていったような会社で、そういうところを見て、そこに仕事決めましたね。

 

松本
独立する前に何のビジネスをするというのは決まっていた感じですか?
高野社長
いえ。実際どういうビジネスをするかというのは決まっていなくて、ただITをスタートにしようとは思っていました。なので、IT業界に行っていたんですけど、やっぱり起業するのにITの成功率が全然違うと思っていたんですね。

 

やっぱり元手もかからないですし、パソコン1台あればいいみたいな、そういうのもあって、ITからだというふうに思っていました。ただ、その当時からやっぱり世の中にない新しいものを生みだすということで、デザイナーズギルドという名前をつけて、設計者たちの組合というようなイメージでイメージしていたんですね。

会社っぽい会社は嫌だと、日本のサラリーマンしたくないというのがあったので、そういうギルドという名前をつけて、世の中にない新しいものを生みだすというので、これはITのプログラムでも、ものづくりのハードでもいいですし、サービスでもいいですし、世の中にないものを作りたいなという、そういうイメージで起業しました。

 

そこにビジネスチャンスがあると気付いて挑戦した

松本
特に、まだ何をやるという、別に商品とか決めているわけではない。
高野社長
そうですね。ただ起業したときのイメージとしては、最初のシステムを何か作るというイメージではいたんですけど、ほんと起業してすぐに、というか、起業前くらいからですかね。

会社を起こす前くらいから、その当時、節水の他社の節水の製品を僕に持ってこられた方がいて、「高野君、これネットとかで売らないか?」と、そういう話を貰ったんですよ。そこで節水の市場というのを知りまして、それで調べていって、そこにビジネスチャンスがあるというふうに気付いて、それを最初のプロダクトとして挑戦しました。

 

松本
じゃあ、一番初めは節水なわけですか?
高野社長
そうです。なので、最初、ITをやろうと思って立ち上げていたんですけど、IT一切やることなく、いきなりものづくりに入りました。ゼロイチをやりたかったんですよね。なので、なんでも良かったんですよ。

 

松本
その節水、これ売らないかという話になって、そこから今のバブル90まで至った、そのアイデアが思いついた背景、そこら辺をお伺いしていいですか。
高野社長
当時、すぐに他社の製品を見て、大体原価が分かるわけですよね。それは町工場で育ってきていたので、なんでこんな価格のものが、なんでこんな原価のものが、こんな価格帯で売られているんだというところから興味を持ったんですね。

 

松本
それは高い安い?
高野社長
すごくチープなものが、すごく高い値段で売られていたので、それから節水の市場というのを勉強していって、どんな会社が世の中にどんな製品を出しているのかというのを調べると、やっぱり性能としてすごくレベルが低かったんですね。これ日本国内だけじゃなくて、世界的に見てもすごくレベルが低かったんですよ。

 

松本
それは何年くらい前ですか?
高野社長
2008年です。

 

松本
10年くらい前ですか。
高野社長
はい、2008年ですね。やり始めたのが、2008年の5月くらいですかね。僕らが着手し出したのは。

 

松本
それは調べ出したのが?
高野社長
そうですね。

 

松本
それで課題があるなと。
高野社長
市場としては世界中で大きな市場があると、競合さんの製品のレベルが低いと、環境系の商材でとかね。

 

松本
レベルが低いというのは。見て分かったんですか?
高野社長
すぐ分かりました。他にもいくつか例えば、ものづくり系、第一発目としてやるとしたら、やっぱりものづくり系のベンチャーって一番ハードルが高いのは最初の設備投資がすごいお金かかること。

 

何億という設備がかかると、それを回収できずにみなさん潰れちゃうんですけど、そのハードルもうちがたまたま実家が工場やっているということで、そのハードルがなかったわけですよ。

なので、私が一人で自社内で完成品までできるとかね、いろんな条件を全部考えて、これだったら参入できるし、勝てるんじゃないかというふうに見込んで参入したわけですね。

 

松本
ライバル会社も、すごいいたはいたということですか?
高野社長
そうです。大企業1社もいなかったですけどね。中小企業さんで環境系の会社さんが多いですよ。なので、ものづくり系の会社さんじゃないので、製品レベルとして、そんな高いものではなかったんですね。

 

松本
大体どれくらいのあれなんですか。当時の節水の商品、ピンキリだと思うんですけど。
高野社長
大体、みなさん数字で謳っていますけど、実質節水率3割くらいの節水製品が多かったですかね。

 

松本
そこから、どんな商品にしようかなという考えていくわけじゃないですか。そこら辺のお話を聞いていいですか。まずどうやったら節水するのかなみたいな、考えてみるわけですよね。
高野社長
どういう構造にして、どういう節水の仕方ができるのかとか、そういうのを考えていって、ずっと考えて、考えて、考えて、ひらめく度にノートとかに、そのアイデアを書くというのを繰り返していました。最初はね。

 

松本
それはどのくらい考えていたんですか?
高野社長
それはどれくらいかな。2、3ヶ月は考えていたんじゃないかな。要するに考えて途中で、このやり方だと最後までいけないなとか、このやり方だとこういう問題を解決できないなとかいうのをずっと睨み続けるというかね。

 

実際にこれいけるかなと思ったものは実際に加工してみて、試作品を作ってみるわけですよね。それで水を出してみて、自分がイメージしていたような水になっているかどうかとか、そういうのを繰り返して。イメージと違ったら、どうして違うのかというところをまた考えて、違う、こういうイメージの予定がこうなったというのは考えられる原因はAとBとCだよねといったら、じゃあ、Aなのかといったら、またA用に作ったものをテストしてみて、B用に作ったものをテストしてみてというかたちで実験を繰り返していた、そういうかたちで作りましたけど。

 

松本
作り始めたときは理想があったわけですか。理想があって、これは駄目だ駄目だとなっていくわけですか?
高野社長
両方からですね。スタート地点から前に向かって進むというやり方と、それからゴール決めて、ゴールから逆算していくというやり方を両方やっていって繋いだというイメージですね。

なので、私はその製品を開発するというのが人生でも初めてだったんですね。初めての作品なわけですよ。ものづくりなんてしたことなかったですから、もともと継ぐ気なかったですからね。

 

松本
そういう知識というのは、自分で勉強して、お父さんとかそういう。
高野社長
最初ちょっとだけ父親に機械のことは教えてもらいましたけど、あとはずっと自分で独学でやっていたというか。

父親の職人さんが使う旋盤機とか、そういうちょっと旋盤の使い方を教えてもらったりしたんですけど、職人じゃないので難しいんですよ。動かし方がね。一つ作っていいなというのができたとしても、二つ同じのは作れないんだよね。やっぱり職人じゃないので、これやっている場合じゃないと、プログラムを覚えて、機械で自動化しないといけないねということで、独学でプログラムを覚えてやっていたのを覚えていますね。

 

節水ノズルで水道代が安くなる話題の『バブル90』/後編

 

 

株式会社DG TAKANO 代表取締役 高野雅彰

1978年大阪府東大阪市生まれ。神戸大学経済学部卒業後、IT関連会社に就職。その後独立し、合同会社デザイナーズギルドを立ち上げ、節水ノズルの開発に着手する。2009年“超”モノづくり部品大賞の大賞を受賞し、2010年株式会社DG TAKANOを設立。2014年に販売会社である株式会社DG SALESを設立。