「起業とは」どのようなイメージを抱くでしょうか?

起業

From:松本泰二

終戦後から高度成長期を過ごした70歳代以上の人は、松下幸之助が創業した総合家電のパナソニック、井深大・盛田昭夫が創業しトランジスタラジオやウォークマンなどを世界的にヒットさせたソニー、あるいは原動機付き自転車から始まってオートバイ、自動車まで販売するホンダを創業した本田宗一郎などを思い浮かべると思います。

 

コンピュータやスマートフォン関係では、19歳でマイクロソフトを起業したビル・ゲイツやアップルを起業したスティーブ・ジョブズ、あるいは起業家の名前は知らなくとも、急成長しているgoogleを思い浮かべることでしょう。

これらの例は、これまでにない発想やアイデアを抱いた天才的な起業家が自分の信念を貫き通し、起業当初は数人の仲間あるいは家族で働き、いろいろな失敗を経ながら世界的な大企業に育て上げた意味で、誰でも納得できる典型的な起業の概念かと思います。

 

ベンチャー

また、ただ単に新しい会社を立ち上げたのではなく、それまでに存在しなかった独自の新商品や高度な新技術を創出したことで、「ベンチャー」と呼ばれます。

一方、一時期は世界を仰臥した会社も、グローバル化や新興国の追い上げによる国際競争の激化、技術の成熟化・陳腐化あるいは二酸化炭素排出量問題のように時代の変遷に伴って低迷しているのを目にします。「栄枯盛衰」あるいは「盛者必衰」のような慣用句の通り、起業してから「飛ぶ鳥を落とす勢い」で発展した会社や事業も永続的に存続することはなく、年月とともに新たに起業されたものに取って代わられることが示唆されます。

 

日本は起業しようとする風潮が低い?

ところで、日本ではアメリカなど他国に比べて起業しようとする風潮が低いと言われてきました。その原因として、画一的な学校教育、安定した大企業や公務員などへの就職志向、再就職や転職のしにくい社会構造、会社を創業する際の法的規制の厳しさあるいは資金調達の難しさ等々、様々な要因が挙げられています。

ただし、日本の経済・社会情勢を取り巻く環境も団塊世代の大量定年、少子高齢化、年功序列の崩壊、非正規雇用の増加等々変わりつつあります。このような状況を打開する小泉改革の一環として、「新会社法」が2006年5月から施行され、大規模な商法改正が行われました。

 

小資金からでの起業が可能に

entrepreneur-593358_1282

会社設立の観点からは、資本金が1円から可能で、取締役が1人でもよくなるなど大幅な規制緩和・撤廃が行われて、株式会社設立の手続きが簡素化されました。また、LLC(合同会社)という新しい会社形態が誕生し、出資者の責任は有限で、意思決定方法や利益の配分が出資比率によらず自由に決められ、資金力のない起業家も出資者と対等な立場で会社を経営できるようになりました。

会社の設立手続き費用も、株式会社では約24万円かかるところが、合同会社の場合は10万円程で資金面でも緩和されました。この会社法の改正により、起業する人が増えてきており、会社の設立件数も増加しています。

 

さらに、コンピューターやインターネットの普及により、小さな組織あるいは個人でも世界中の情報を収集しどこにでも情報を発信できるようになりました。このため、大企業あるいは個人にかかわらず対等に事業展開が可能になりました。

このような状況で、起業を考えている人に対するセミナーや企業設立の斡旋を行うビジネスも増えてきました。インターネットで「起業」のキーワードを入れて検索すると、「SEのための起業塾」、「起業の仕方」、「****が起業を徹底支援」、「起業して1日10万円稼ぐ方法」、「自己資金60万開業・年収一千万」、「****は起業、独立、開業を応援する」などなど、数え切れないほどのウェブサイトが出てきます。

これらのウェブサイトの内容はいくつかのカテゴリーに分類されます。先ず、標準的なウェブサイトとしては「起業とは何か?」について、その背景から起業に関わる情勢を分析し、起業するための心構えや実務的内容まで客観的に解説しています。

その場限りの浅い知識あるいはテクニックだけのハウツーものではなく、起業を目指している人にとっては大変有益な説明が沢山あります。

 

また、ハウツー的に、具体的に起業する過程を手順を追って説明しているウェブサイトもあります。手順の第1ステップでは事業計画を策定するに当たって、目標や実行課題を明確にすることやリスクに対する対応、第2ステップでは資金の調達から支出までのポイント、第3ステップでは起業する会社の形態(株式会社、合同会社など)とこれに対応した届出の申請や業種に対応して受ける必要のある許認可などについて述べるとともに、各ステップ毎に関連するウェブサイトへのリンクを張ったりして分かりやすくなっています。

 

さらに、通信教育的に、有料で起業アイデアの創出、ビジネスモデル作成、商材作成、市場開拓など起業するために必要なことを支援するプログラムを提供し、起業の準備から起業後までも支援するウェブサイトなどがあります。

なお、起業という概念を拡大解釈して新しい店舗を展開することまで起業と呼んでいるウェブサイトもあります。実質的には、フランチャイズ店の募集だったり、既存の商店で新しい店舗の開業に関する話だったりします。

 

最初に述べたように、起業とはこれまでなかった独自の新しい事業などを展開することで、既に一般的になっている商売や事業を新たに展開したり、新しく店舗を開くこととは全く別のことです。その他に、金儲けを大々的に強調したやや警戒したくなるようなウェブサイトもあります。

 

様々な起業支援策が行われている

entrepreneur-593358_1283

さて、これまで引用してきたセミナーや起業塾は民間の企業・団体や個人のウェブサイトの例でしたが、日本の社会体制や政策の変化に伴って、地方自治体や国の公的機関あるいは大学でも様々な起業支援策が行われています。

1990年代のバブル崩壊後、日本経済を活性化する施策の一つとして「大学等技術移転促進法」(1998年)、「産業活力再生特別措置法」(1999年)を経て国公立大学の教官の兼業兼職や資金助成の規制が緩和されて産学官による大学研究の事業活用が促進され、2001年には3年間で大学発ベンチャービジネスを1000社創出するという「新市場・雇用創出に向けた重点プラン(平沼プラン)」が制定されて、大学発ベンチャーが全国的に展開されました。

2012年までの資料では、設立件数は米国の大学とは格差が大きいものの、累積で2000件を超えており、地方大学では地元の企業とも連携して地域の活性化に貢献しています。

 

また、第二次安倍内閣政権で掲げられた「地方創生」政策により、起業や年金・社会保険などの手続き、起業直後の人材確保の支援、外国人による起業要件等に関する規制緩和・改革が行われています。地方自治体でも各種支援事業が行われております。

例えば、静岡県のウエブサイトの「しずおか夢起業支援事業」では、創業塾・創業セミナー、あるいはこれから起業しようとする方や学生などを対象に、ビジネスプランコンテスト開催の案内等があります。他のほとんどの地方自治体でも同様な事業が展開されており、地元の大学のベンチャービジネスと連携したり、地域の特産品や伝統工芸・技術を生かした起業を提唱しているところもあります。

 

メリットあるいはデメリットはどうでしょうか?

このように、地方で起業する場合には資金を含めて各種支援を受けられるメリットがありますが、その他のメリットあるいはデメリットはどうでしょうか?

事業を展開する上で重要である情報の収集と発信は、コンピュータとインターネットの発達で全く支障がなくなり、商品の仕入れや配送では宅急便などの物流システムが全国整備されているため、近隣では翌日、遠方でも2・3日で届けられます。コスト面では土地代や賃貸料が安く、従業員を雇うにしても賃金が低めになっており、都会のように1時間以上もかけて通勤したりすることはなく、通勤ラッシュも都会ほど激しくはありません。

 

また、地方といっても家庭の都合などで都会に出ることなく地元に残ったりUターンした有能な人材は沢山おり、地元に密着した交流イベントなどもあります。

一方、デメリットとしては、日本の会社のほとんどが東京に本社や事業所を置いており、これらの会社に出向いて直接打ち合わせなどを行う際には不便になります。また、大規模な展示会やイベントは大都会に集中しがちで、地方では商品や製品などを直接見たり触れたりする機会が少なく、関連する企業やライバルもほとんどないため、仕事への意欲や新しい発想を鼓舞する刺激も少なくなりがちです。

 

10年間継続している企業はわずか10%

起業について話題にする場合、最初に述べたようなホンダやマイクロソフトなど大成功した例を思い浮かべるのですが、成功するのはほんの一握りであることを認識する必要があります。起業して10年間継続している企業はわずか10%と言っている人もいます。

 

成功した人のことはいろいろなところで話題になりますが、失敗した人のことに注目することは少なく、1人の成功者の陰には10人・100人の失敗者がいるかもしれません。インターネットで「起業、失敗」のキーワードで検索すると、失敗談も出てきますが、起業を推奨するウェブサイトに比べれば多くはないようです。

 

また、起業セミナーや講習会などでは、成功するための要点や準備することなどを説いていますが、その通り行えば成功することにはならないのです。自動車学校で座学で運転について説明を聞いたり、シミュレーターで練習してもすぐに町中を運転できるわけではなく、教習場内のコースあるいは路上での実技練習を経て運転技能が身につくのです。

 

起業の動機

さて、起業したいと思い立った動機も大事です。従来の年功序列が崩れて非正規雇用が増え、ブラック企業で悪条件で働かされたりして、これから逃れるために雇用されない働き方を模索しているかもしれません。あるいは学生で、就活に失敗したあるいは自分なりの夢があって就活しないで自分で起業したいという動機かもしれません。

逆に、定年退職したシニアは時間もあるし、退職金の一部で開業資金もあるので、これまでの経験を生かして自分なりの仕事したいという動機かもしれません。ただし、若い人は多少失敗してもやり直せる機会はいくらでもあるのですが、シニアの場合は年齢的にも再挑戦の機会は限られ、資金的にも厳しくなることが予想されます。

 

いずれの動機にしても、起業するからには、起業セミナーや講習会などで説明するような資金の準備や会社を作るための法的手続きなどハウツー的なことも身につけて準備することは当然必要ですが、自分の人生設計も思い浮かべながら失敗した場合のことも想定して、思い切って挑戦することにが大事です。