第29回:葬儀と法事・僧侶のおぼうさんどっとこむ

MATSUMOTO
こんにちは。イデア・クリエイションの松本泰二です。
IDEAストーリー

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このサイトでは、これから起業に興味のある方に向けて、成長のサービスを展開されている方、面白いサービス、商品を出されている方、各分野の実績を出されている専門家の方々にインタビューということで、各スペシャリストの方にお話を伺ってしまおうというような内容で、毎週お届けしています。

 

本日のIDEAストーリー。ゲストは、株式会社おぼうさんどっとこむ 代表取締役社長 林数馬さんです。林さん、宜しくお願いします。

林社長
宜しくお願いします。

 

現在どういった事業をされているのか、自己紹介をお願います。

林社長
私どもは、多くの仏縁を持てなくて困ってらっしゃる方、要するに、御寺様とご縁がない方に、お坊様とのご縁を繋いでいく事業をしております。

基本的には、お坊様とのご縁というのは、人がお亡くなりになった場面でという方が非常に多いんですが、仏教の教えというのは、実は、生きている方に生き方を説くものであって、実質はそこで私どもの事業を展開していきたいと思っておったんですが、どうも、まだまだ多くの方が死後の担い、人が亡くなった後の担いを我々に求めているようなので、そこをまだいただけているうちに、なんとか、この仏教というものの、日本にある状態を基盤整備するために、今は五つの事業を根幹に置いて、我々の事業を運営させていただいております。

 

一番が、先ほども申しましたところのおぼうさんどっとこむのお坊さんと私どもは、仏事の儀式に対して、お坊さんをお手配して、紹介、派遣をしていく事業。

 

続きまして、おぼうさんどっとこむのまなびやというものがございます。これが生き方をみなさんとともに考えていく生き方塾ですとか、ご法話とか、座禅会というものを通して、人の生きるを支えていく場面での事業ということになります。

 

そして、おぼうさんどっとこむの結婚式というかたちで、今、多くの方が教会であるとか、神式のもので結婚式を取り行われると思うんですけども、仏教にも当然、仏前結婚式というものがございまして、多くの方が、結局、忌事、死後の担いばかり仏教に求めたので、多くの方が仏前はちょっとという考え方もあるんですけども、私どもは多くの方に先祖に感謝と報告というものとですね、その前でお誓いを立てていただくという儀式を作り上げるために、おぼうさんどっとこむの結婚式として、華美に飾り付けることではなくて、先祖に対する感謝と報告。そして、誓いというものを立てていただく儀式を作って、プランとして提案をしていくという事業にも手をかけております。

 

続いては、おぼうさんどっとこむのご祈願というふうなかたちで、多くの方たちが祈り、願うということを通して、自分のなかにある、自分の命というものに対する感謝とか、周りの方に対する感謝とか、それこそ、さっき言った、結婚式でもそうですけど、先祖に対する感謝とか、この命ほんとに大切なものなんだと分かっていただくために、その祈りを通して、自分がどうその波動のなかで生きていかれるのか、そういうものを通して、みなさんが一つの安穏を得ていただくために祈願というものをベースにサービス展開をさせていただいているのが、そのご祈願というものでございます。

 

最後に、おぼうさんどっとこむのお葬式というかたちで多くの方の死後の担い。お坊さんの部分だけでなくてですね。葬儀という儀式の施工、運営というところを、全体的にお応えをさせていただくという事業。それがおぼうさんどっとこむのお葬式という事業になりますけども、その五大の事業を通して、多くの方たちに仏教に触れて、そして、また生きるということをしっかり考えていただくために、死というものは必ずくる生命の営みでございますので、そこから、生き方を見つめ直すということをしていただくために、この五つの事業で、今、運営をさせていただいているというところでございます。

 

仏教というのは、分かりやすくいうとどういうものですか?

林社長
仏教という、僕の考え方では、多くの方が生きていくこと、そして、自分のなかにある霊性とか、神性とか、仏性とかいうものですね。自分自身が仏なんだということを気がついていただくためのものなので、自分の行いというものは、自分でやっぱり決めていかなきゃいけないと思うんです。そのときに支えてくれる教え方。こっちへ行かないほうがいいんじゃないですかという考え方を伝えてくれるようなもの。

 

仏教って、こうしなければならないという教えは一つもないんです。こうしてはいかがですか、もう一つ、こうしてはならないよということは戒めで教えてくれていますけど、こうしなければならないという教えは、どこにも存在していないんですね。

だから、しなければならないことは一つもなくて、でも、こうしたらいかがというのを教えてくれているので、これと、してはいけないを併せ持って、自分のなかで、どっちの方向へ向いていけばいいんだというのを自分で決めていく。そのための支えになってくれるのが仏教の教えではないかなというふうに捉えています。

 

松本
こうしたらいかがですかという、こうしたらというのは基準があったりするんですか?それとも、お坊さんによって。
林社長
一つの道だけではないと思うんですよね。様々な道があって、こう思うよというお坊さんがいて、こういう在り方があって、自分はどうだ、と。私にはこういう父がいて、こういう母がいて、こういう家族があって、今が自分が置かれている状況のなかで最善ってなんだろうって、自分が考えて、決めていくために、いろんな道が与えられます。

そのなかで、私はこれ、リミックスさせてもいいだろうし、手放していって、これだけだと決めていくものいいでしょうし、それぞれが自分の生き方や家庭環境。そして、時代背景というものに置くなかで、どう決めていくか、どう歩んでいくか、というものがどう選択していくか。その代わり、その責任は自分で負っていくんだよというものを決めていけるか。そういうことなんじゃないかなというふうに思っています。

 

松本
おぼうさんどっとこむの、お坊さんを派遣する。これはビジネスモデルと言っていいのか、ちょっとあれなんですけど、どういうシステムなんですか?
林社長
基本的には、必要な場面で、必要なシーンで、こういうお坊さんを派遣していただきたいんですけど、こういうタイミングにというものに(とおっしゃる方に)、でしたら、こういうかたちで、私どもお手配するので、それでよろしいですかということで、お客様にご提案をします。

お客様に金額も明示をさせていただいて、お客様がご納得して、それでお願いしますと言われない限り、私どものほうでは勝手に動かない。言うなれば、強制的に、この金額じゃなきゃできませんよとか、もっともっと値下げしますよということは、もともとしないですし、私どもが適正と言われる、世の適性を測って、みなさんにご提案をさせていただいて、そのうえでご利用いただくのであれば、こういう決まりのうえで、私どももさせていただきますので、お客様自身も、それを自分で選んだという選択決定のもとに私どもを使っていただくということをご提案をさせていただいたうえで、確認のうえで、ご手配をさせていただくというかたちですね。

 

世界的に見て、日本の葬式の相場は?

林社長
非常に高いですよね。

 

松本
そんなイメージですよね。
林社長
基本的に、儀式の作り方、運営の仕方というのが、欧米諸国であるとか、お隣の韓国、中国というところともまったく違いまして、日本というところの捉え方、いつの間にか儀式文化ということで、冠婚葬祭が非常に値段の高いものに変わってしまったんですね。墓地なんかもそうですし、今の方たち、墓地というものも、持つのに、親が持っていれば、なんとかなりますけど、一から自分で作るとなると、もう100万前後のお金は最低かかっちゃうものだよねという判断を多くの方がされちゃうと思うんですよね。

 

だから、そういうもののなかで、みなさんがそれを常識として捉えてしまうと、それが一人歩きしていって、そうでなければならない。先ほど言ったように、こうしなければならないはないのに、そうでなければならないを自分に植え付けてしまう。繰り返し、繰り返し、そういうものを自分のなかで植え付けていってしまう。

見るものも全てそうですし、聞くものもそうだとなると、結果そうしなければならないを自分に乗っけていってしまうんですけど、今だから、世の中は変なかたちで安いもの、安いものに引っ張られていますけども、安いというものも一つこれでいいのかなというところなんですね。

 

大切な人の命を失ったところで、その方に対して、じゃあ、我々は何ができるんだろうと、遺族のほうが考えて、選択する権利があるはずで、義務感のように、こうしなければならない、押しつけられているんじゃなくて、葬儀の場面も、私は、この金額で、この金銭でできることを最大限してあげたいんだけどもという、相談の仕方をしていただければ、私どもも、それに沿ったことを提案させていただいているということで、できないものを、なおかつ、高いお金を使って、こうしなければならないという話をする場面は一切ありません。

とにかく、みなさんがどうしたいのか、どうしてあげたいのか、ここまでお世話になったんだから、お父さんに、こういう戒名をつけて差し上げたいし、お父さんのために、こういう葬儀を執り行いたいというものに対して、じゃあ、我々ができることはこういうことですよ。

 

とにかく安くしたいんだというのであれば、ご相談いただければ、私どもも、それに沿ったものをご提案させていただきますし、ただ、私どもも事業としてやっている以上、まったくゼロでやる奉仕というかですね、慈善事業ではないので。そこの部分を考えていただいて、お互いにほんとに適正なところでちゃんと着地するところをご提案をさせていただいて、お客様のほうが、それで納得していただいたもので安心感を。

結局、高いんじゃないのという不安と、お布施なんかの面もいくら払えばいいか分からないという不安が、いつも自分をこうしなければいけないんじゃないかというような方向に持っていっちゃうんですけど、いや、そんなことないんですよ。ご自身で決めていかれるように、それを我々は支えていますという話をさせていただくので、できないものはできません。この金額ではできないものはできない。

 

東京なんていう場所は特に、火葬するだけで、我々の多摩地区は地域住民ですと、火葬料タダだったりとかします。そういうところもありますけど、東京都心出ていくと、民間の企業さんがやっているような火葬場ですと、火葬する費用だけで、6万弱お金がかかると決まっているんですね。それだけでも地域住民の差は歴然で、都心にそういう施設を、大田区だけには唯一ありますけど、そちら以外でないと、そちらでもやっぱり費用はかかりますし、まったくゼロでやっているところではないので、実質、そういうことを考えていくと、やっぱり亡くなった後の日程を優先されるがあまりに、自分のなかで決めかねないうちに事が進んでいって、請求書を見て、あらびっくりということが起っちゃうということですね。

 

松本
昔は、料金って、結構不鮮明だったけど、最近、料金表示する。
林社長
そうですね。表示するほうが主流になってきましたよね。

 

松本
そうですよね。
林社長
それが逆に不安なく利用できる。ただ、結局、表示しているところでも、いつの間にか、お金がかさんで、見積もりと請求が違うというのが、いまだに起こっているので。

 

松本
お布施代は入っていない?
林社長
お布施は当然入っていないと思いますね。そこを私どもはさせていただくために、インクルーズでお客様に請求させていただきますし、見積もりを立てさせていただきますし、逆に言えば、これで総額ですよというもの以外は、私どもでは提示しないかたちになっています。

 

なので、お客様はこれ以上かかるとか、かからないとかというのは、変な話、参列の方の人数が増えて上がるものに関しては、上がりますよということは嘘つかず伝えていますし、できないことはやっぱりその金額のなかで10万円でこれだけのことをやってくれというのは、200人の参列者にご飯食べさせたいので、5,000円の料理を10万円で200食出してくれというのは、計算上無理じゃないですか。

そういうことはさすがにできませんよとお話をしますけども、実質そういう話じゃなければ、きちんと数字は出させていただいて、この人数で、この金額だったらできますということはご提示させていただいていますね。

 

お布施は、今どんな常識になっているんですか?

林社長
基本的には、仏教の考え方からいけば、広く施すという意味なので、自分のほうからの気持ちでさせていただくので、できるだけのことをさせていただこうという考え方なので、基本的には決まりがありません。

ということは天井がないということなので、どこまでも上であるはずですし、どこまでも下であってもいいはずなんですね。ない方が、じゃあ、100円でお願いしますと言われたときに、でも、今のお寺さんはほんとにやるのかな。やる方もいらっしゃると思います。やる方はいらっしゃると思いますけど、世間的な常識で100円というのが、お坊さんが例えば、30分お経あげるものとして見合うのかどうか。衣をつけて。

 

今、僕はあえて、100円という言い方をしていますけど、そこまでのお金で本当に世の中の人が、安ければなんでもいいと言ったら、1円でもいいという話になっていっちゃうので、それがほんとに、この人たちの気持ちなのかなといったら、そこも試されているところだと思うんですね。

 

でも、僕らはお布施というものも、世の中の常識として、あまり高すぎるのも払いづらい、私どもも、あまりにも安すぎるのも、ちゃんとやってくれないんじゃないかなというところがあると思うので、その両方合わせ持って、時代背景とかも考えて、今までどれくらいだったら払いやすく、そして、気持ち良くやっていただけるのかというところを考えて、あとは、世の中の経済動向も考えて、数字をつけさせていただいているので、我々の明示しているものを軸にして、多くの、その後の僧侶派遣組織みたいなところが、うちよりも1,000円安くとか、3,000円安く、5,000円安くというようなかたちで入られるのは、ちょっと想定外だったというか。

 

あまりにも、お客様の気持ちというよりも、仏教の在り方というよりも、金儲けだけに走っているんじゃないかなというところは感じられますけど、実質、我々が提案しているのは、世の中の経済動向とか、今の世の有り方とか、みなさんの考え方とかというのを併せ持って、このくらいの金額でいかがでしょうかというご提案をさせていただいていて、一律紋切型でいくらとやっているのは、僕はどうも違うんじゃないかなというところですね。

 

松本
ちなみに今、全国にお寺って、どれくらいあるんですか?
林社長
7万7、8,000と言われているんじゃないですかね、総数で。ただ多分、このうち実質、稼働しているお寺さんというのは、5万強くらいじゃないですかね。

 

松本
じゃあ、コンビニよりも多い。
林社長
多いですね。

 

お寺が7万8000程ある中で、食べていけている僧侶は?

松本
僧侶の人もそれよりも多いってことですよね?
林社長
全然多いと思います。なので、だから、住職になれている人というのは、実は、稀ですよね。お寺がなくても住職の資格を持ちながら働いてらっしゃる。大きなお寺さんですと、一人では切り盛りできないので、そういうところに職員として勤めてらっしゃるお坊さんもいらっしゃいますし、私どものようなところにご登録いただいて、結局、実務能力、経験はありながらも、寺がないために、ある程度の歳になったら、お役御免よと言われるような方たちとか、最初から、そういう道を与えられない方もいらっしゃるので、寺の数には限りがあります。さっき言ったように。

 

じゃあ、ひとたび、その7万8,000の稼働してないと思われるような(寺の)住職にならないかとお声かかりましたと。行ってみると、畳もない、柱しか立っていない。ここだけどどうと言われるわけですよ。一から自分で準備しなきゃいけないのに、お金がないという状態で、住職の名前貰ったけど、どうやって生きていくのという話になるわけじゃないですか。はっきり言っちゃえば、そういうお寺ばかりじゃないですけど、そういうようなお寺、もしくは、過疎している地域のお寺さんは空いています。

要するに、お寺として運営するには、外からお金を持ってこなきゃいけないというようなところのお寺が空いていて、そこに入ったとしても、そこだけでは生活をしていけないという方たちもいるので、その方たちがお寺を維持するために非常に孤軍奮闘はされるんですけども、結果、過疎の地域はどんどん人が離れていきますし、今のいる人口が減少していけば、お葬式は入っていきますけど、それから先の法事を担う人たちが、この町にいないとか、そうなると寺自体が運営が難しくなってくる。

 

結局のところは、一極集中しちゃっている、人口のバランスが悪かったり、この国がいつまで経っても、江戸時代のように、あるところに各地方にお城があって、様々な人口の動きをしていたころと、やっぱり訳が違って、今はサラリー取るために大都市に人が集中して、過疎している地域に対しても、経済の発展を見ることができないような時代になっています。

それをもう1回見直すためにも、寺というのは、もう1回そこから立ち直していく。そのためには、やっぱり地方分権というのを政治的にも進めていただく、一つのきっかけに、ほんとにお寺を絶やさない。仏教を絶やさないという思いが、この国の人たちにあるなら、そういう動きもしていただかなきゃいけないのかなというふうには思ったりもしますね。

 

松本
結構、現実は、僧侶の方も食べていけている人というのは?
林社長
非常に少ないと思います。

 

松本
少ないという感じですよね。じゃあ、お寺もビジネス観点で、やっぱりやっていかないと。
林社長
ですね。だから、考え方としては、どう創っていくのか。僕は寺という箱ではなくて、人というものを作っていかなきゃいけないと思っているんです。仏教って、人材教育のためには非常に良い教えだと思いますし、人を作ることによって、人が動くことによって、寺というものが必要とされて、寺が建ったという昔の時代と、今はどうも寺という箱のなかに住んでいる人が、特に、明治維新以降ですね。

 

世襲というかたちにもなったので、おらが寺になっちゃったんですよね。でも、おらが寺ではなかったんです。公益法人という宗教法人ですから。公益法人、世襲しているところって、まずないはずなのに、寺だけが特に、宗教法人法というもので戦後優遇されて、世襲してもいいよというかたちになっています。

でも、実質、世襲しているのに公益法人って、ハテナじゃないですか。公益性のあることはやっていても、世襲をするというのは、どこから出てきた話なのと。許可はしたけど、ほんとにそれだけをやっていくと、やっぱり今後廃れるというところに繋がってしまうんじゃないかなと。

 

本気で、檀家さんとか、地域の人と向かい合いということを人がやっていかなければいけないのに、寺があるからこそ、お前らが生きてられるんだくらいの話になっていくと、お門違いで、支えていただいた方たちとむつみ、なごみ合って、この町、この地域を支えていきましょうというかたちの動きをしないと、世の中変わっていかないと思うんですね。

今、過疎しちゃっているのは、そういったこともあるし、この地域をどうやって作りなおしていこうかというところに、寺ではなくて、人として関わっていく、ご住職であったりとか、ご僧侶でないと、いよいよ町の人たちから、あの寺行くのにも金がかかるし、何かと言えば、お金、お金と言われて、関係なんか続けていけないよというふうな世の中に今なっちゃっていると思うので、だからこそ、檀家離れというのが急速に進んでいるのは、変な話、お山の大将みたいな人が、ワーワー号令かけて、持ってこいと言って、持ってこられなかったものは、お前らいらないと言い始めて、最初はいらないと言っていたわけですよ。

 

でも、今、いらないと言っちゃうと困るようなことになってから初めて気がついて、なんとかしてくれと言ったって、みなさんにお金がなければ、お金ないので支えられませんという、そういう時代になっているということですね。だから、そこを通して、世の中の人がどう考えていくのか、坊さんという人がどう生きていくのか。一からまた考え直さなきゃいけないところにはきているんじゃないかなと思いますね。

 

松本
おぼうさんどっとこむは僧侶の方はどれくらい?
林社長
今、250名弱ですかね。

 

松本
どなたでも登録できるんですか?
林社長
住職の資格を持っている、各宗派のですね。そこまで経験を積まれて、ご修行とか、修練とかというものが終わった方でないと、受け入れをしていないということです。

僧籍に登録するというのは簡単な儀式を通して、得度というものがあったりとか、各宗派もそういうかたちで入口までは入ることはできて、僧籍簿に登録はされますけど、そこまでの方だと経験もなければ、変な話、学生さんとか、中学生とかでも、そこまでの資格は持っている方たちはいらっしゃるので、それだけでは、やっぱりお客様にご対応することはできないので、あくまで修行、修練、経験というものをもとにどういうふうなことをされてきましたかということを通して、ご面接をさせていただいて、そのうえでそこまでのスキルと、あとお人柄というものまで判断させていただいて、ご登録をいただいているので、倍の人数くらいお断りをしているんじゃないかなと思います。

 

お布施の金額が、500万円??

松本
どういった経緯で起業に至ったのか、林さんのストーリーをお伺いしてもよろしいでしょうか?
林社長
僕は、群馬の桐生の天台宗のお寺に生を受けまして、おじいさんから、数馬という名前を貰ったんですね。おじいさんは、もうそのとき、僧侶になっているので、名前が変わっていました。法名というもので戸籍も改名をしていたので、孫たる僕に数馬という名前を、子供のころの名前を僕にくれたわけですね。

お寺で育っていくので、もちろんお寺の子、お寺の子と言われたり、葬式で金儲けしているというふうな言われ方をする嫌な一面も当然ありましたけども、そういうお寺というところに住んで、多くの檀家さんと関わったり、話をさせていただいたりするなかで、頑張れよと言われたり、今度はお前の番だななんて言われると、どこかで寺から、仏教から離れたいという思いと、なんとか、その思いに答えていきたいという思いが入り混じって、逃げよう、戻ろう、逃げよう、戻ろうみたいなことを続けて、おじいさんが亡くなっていったけれども、名前を貰った僕としては、なんとか、このお寺を継いでいこうというところで。自分の目指していた、実は僕、音楽で飯食いたくて、音楽やっていたんですけど、ひとつまみじゃないですか。そこで成功する人なんて、所詮そこではやっぱりうまく芽が出ず。

 

松本
ボーカルとかでやっていたんですか?
林社長
僕、歌ですね。楽しかったですけど、楽しいのは楽しいけど、楽しい以上にお金を稼いでいくというのは難しいところがあって。

 

松本
何系の音楽ですか?
林社長
ロックンロールです。

 

松本
ロックなんですか?
林社長
生易しいものじゃないですよ。楽しかったなとは思いますけど、今もまだ仲間と復活してたまにやっているんですけど。そんなことがあって、紆余曲折したけれども、大正大学という大学に入り直しまして、一から仏教というものを学び。

 

仲間もできて、大学院も先生のおかげで行かせていただいて、修士までですけど、研究をまた進めさせていただいて、世に、坊さんとして出ようとしたときに、家庭内の様々な事情で田舎のお寺はこれ従兄に任せるしかないなというところになりまして、そうなったら、うちの祖父が夢枕に立って、「東京でいろんな人見てきたろと、大変な思いをしている人たくさんいたろと、そういう人を救うために仏教というものはあるし、お前も命貰っているんだよと、だから、こんな田舎の小さい寺に執着することなく、世に出ていって、多くの人を救う事業をなしなさい」と、事業とははっきり言ったと覚えていないですけど、そういうことをしなさいというふうに言ってくれたので、僕もそこで一念発起をして、東京へまた戻って、大学の先生のところで5年、先輩のところのお寺さんで5年というかたちで、副住職という生活をさせていただくなかで、友人のお父様のお葬式で高額な請求を受けて、「林、これは仏教として正しいものなのか」というふうに問われて、正しいも何もないんだよね。お布施というのは決まりがないからなと。

 

請求されたのは500万というお金だったんですけども、僕は彼に、今できることをして、今後、追々、自分の父の供養をするなかで、少しでもできるときは、多めにさせていただくようにするので、今回はこれでなんとかご対応いただけないかということで言えば、相手も人なので分かってくれるはずだと思うよと言ったら、そういうことか分かったということだったんですけど、結局、僕はお通夜お参りに遅れて、仕事が終わってからだったので行ったら、お坊さんはいらっしゃらなくて、般若心経だったと思うんですけど、エンドレステープか、もしくは、CDでずっと流されているという。

お坊さんがいらっしゃらない式で、僕は焼香、一番前まで行ったら、喪主たる、僕の友人がこっちを睨んでいるわけですよ。何か起こったぞと、何が起こったかはもう分かっているわけですけど、お坊さんいらっしゃらないので、そしたら、結局のところ、この金額じゃ足らないということで、踵を返すように、戒名もつけられないということで、自分でお書きになった位牌とともにお帰りになっちゃったということだったんですね。

 

葬儀と法事・僧侶のおぼうさんどっとこむ/後編

 

 

株式会社おぼうさんどっとこむ 代表取締役社長 林 数馬(法名:行摂)

お寺に生まれ、大正大学大学院修士課程修了後、関東各地の寺で修行を積み信念を持って僧侶としての人生を歩む。

そんな中、数多の理不尽なできごとをきっかけに現代日本人のお葬式のニーズと、僧侶としての本来の在り方と現状に疑問を感じる。社会に信用される、僧侶としての新しい形を模索した結果、誰もが気軽に利用でき、明瞭な価格でのサービスを提案したいと考え、「株式会社 おぼうさんどっとこむ」を設立、『大切なのはその心、生き方の一つにご供養がある」をテーマに葬儀への僧侶派遣という新しい葬儀の形に取り組んでいる。

彼の提案する新しい葬儀の形は各界で話題となり、読売新聞、New York Times、産経新聞などのメデイアに次々と取り上げられ、更にNHK(ゆうどきネットワーク)、テレビ朝日(スーパーJチャンネル)、TBS(ひるおび、)テレビ東京(ルビコンの決断)で特集されるなど既成概念に固まったご供養という世界に新風を巻き起こす。

現在、登録僧侶250人の先頭に立って葬儀やご供養などに赴く他、自分の人生を自分で選択して行く「自己決定力」の大切さや社会起業家としての考え方などを説くための法話会を開催している。また、学校、経営者勉強会、企業、社会福祉法人などでの講演、連携・提携業者と共催の葬儀セミナーや生きかたセミナーなども開催している。

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スポーツでも、芸道、華道、茶道、武道などにおいても、「基本の型を反復する」ことは大変重視されます。基礎ができているから創造的な仕事ができるようになり、基本が身についているから応用が利く。何でもそうですよね。ドラゴンボールの悟空だって、修行する時は腕立てや腹筋と基本からするわけです。それで基本が身について、はじめて「パワーアップしたカメハメ波」ができるわけです(笑)

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