収入と幸福!企業の本当の目的とは?

起業

From:松本泰二

脱サラして起業したいと考えている皆さんにお尋ねします。あなたはどんな目的で起業したいのでしょう?

現在の労働時間が長すぎるとか、労働時間のわりに給与が安いと感じているからでしょうか。人それぞれいろいろな理由があるでしょう。ただ、起業を始めたいと考えている大半の人は、収入=利益を目的としているようです。それが果たして正しいのかどうか、以下を読んでいただいてもう一度考え直してほしいと思います。

 

目的地を決定するのが経営者

例えば、そうですね、東京からキャンピングカーで北海道の宗谷岬に向かうとしましょう。同行する仲間は5人くらいでしょうか。

必要なものは、まず計画です。どのくらいの日程で、そのためには1日に何㎞走ればいいかを計算し、予算を出します。食材を仕入れてどんな料理を作り、その担当者を誰にするか。地図を見て進路を決めるナビゲーターも必要です。途中でどんなところに寄るか。その土地の名物を調べたり、どんな名所があるかも知っておいた方がいいでしょう。誰が運転を担当し、何時間おきに交代するかも決めておかなければなりません。

これを会社経営に置き換えてみましょう。さまざまな作業はそれぞれ担当の部署が受け持ちます。起業したばかりで小規模なところではいくつも兼任しなければならないかもしれません。

 

さて、ここで経営者がすべきことはなんだと思いますか? そうです、目的地を決めることです(ここでは宗谷岬でした)。他のメンバーもいろいろ行きたいところはあるでしょう。

しかし、最終の決断をするのは経営者です。それも、行き当たりばったりで決定するのではなく、日本中の岬を巡るとか、JRの終着駅を訪ね歩くなどのテーマが必要です。ラーメンのお店を始めたいと思っているのなら、和食料理やフランス料理には手を出さないでしょう。

 

利益とは手段でしかない

企業の目的はなんですかと尋ねられたとき、圧倒的に多いのが利益を上げることという回答です。企業を存続させるために利益は絶対に欠かせません。特に、売上が不安定な段階にある起業したばかりの会社は、利益を上げることが最大の目的であるのはやむを得ないといえます。

しかし、ここで少し振り返ってみてください。キャンピングカーで宗谷岬を目指したとき、現金はどのような役目を果たしたでしょう? ガソリン代や有料道路などの経費、食材の仕入れのために必要だったにすぎません。目的は宗谷岬だったはずです。企業経営もこれと同様です。利益とは目的を達成するための手段の一つにすぎないのです。

 

マネージメント論で有名なP.F.ドラッカーはこう言っています。

「企業とはなにかと聞けば、ほとんどの人は利益を得るための組織と答える。ほとんどの経済学者もそう答える。しかし、この答えは間違っているだけでなく、的外れである」

 

カン違いしないでいただきたいのは、ドラッカーは決して利益は不要だと言っているわけではないのです。彼の著作である「現代の経営」には次のような一文があります。

「利益の第一の機能は仕事を評価するための尺度であり、事業活動の唯一の評価基準である。
利益にはこれに加えて第二の機能がある。……中略……企業は事業に伴うリスクに備えるために余剰を生み出さなければならない。リスクに備える余剰とは利益である」

 

つまり、利益が上がったのは事業活動が適正だった結果であり、それは将来のリスクに備えてプールしておくものだと言っているのです。

「現代の経営」は1954年の著述であり、当時と比べると社会背景は大きく変わっています。ドラッカーの言葉を100%鵜呑みにするわけにはいかないでしょう。しかし、事業の本質は現在も変わりはありません。また、利益の目的はあと二つ挙げていますが、ここでは触れないでおきましょう。

宗谷岬へ行くためには現金が欠かせません。目的を達成するためには必要なものです。事故に備えて必要経費以外の余分も準備しておかなくてはなりません。利益は手段だということを理解していただけたでしょうか。

 

なぜ利益を目標にするのか?

かつて、日本全体が成長期にあった時代がありました。モノを作れば売れたのです。GNP(その頃はGDPではありませんでした)は年々成長し、世界第三位にまで達しました。しかし、その後は新興国の成長や国内では高齢化などがネックとなり、停滞期のまっただ中にあります。これまで経験したことのない状況に直面して未来予測が難しく、利益を上げるのが非常に難しくなっています。

そのため、利益を上げるための技術がもてはやされ、注目率も非常に高いというのが現状です。そして、もう一つ、利益が目的に陥りやすい理由があります。それは、幸福を形成する要素の一つである「豊かな収入」を約束するものだからです。

 

突然「幸福」という語句が出てきてとまどっている人もいるかと思います。しかし、この幸福こそが企業の大きな目的の一つといっていいでしょう。再三引用しているドラッカーは、「企業の目的は顧客の創造」としています。少々分かりにくい表現なので少し解説してみます。

 

企業が提供する商品やサービスに対して消費者が価値を認めれば相応の金額を支払います。そして、満足を得ることで市場が生まれます。引いては、それが社会に利益を与えているというのです。企業は社会の機関であるとするドラッカーの論理を裏づけるものです。

とはいえ、企業の目的を顧客の創造とするドラッカーの意見には、日本の経営者は首をひねるかもしれません。社会背景が違いすぎると異論を唱える人も見られます。

 

稲盛さんのいう企業の目的とは

京セラやKDDIの創業者である稲盛和夫さんは、その言動が最も注目されている一人です。赤字続きだった日本航空を3年弱で立て直したりと経営手腕は多くの人が認めています。

その稲盛さんがいう企業の目的とは次のようなものです。
「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」

 

後半の人類、社会の進歩発展に貢献というのはドラッカーと同じ考え方といえます。注目したいのは幸福という語句です。これを読むと、ほとんどの人は「やっぱりそうだよなあ」とうなずくのではないでしょうか。しかし、ここにうっかりすると見逃しがちな言葉があります。

 

それでは質問します。幸福とはなんでしょう?

即座に答えることができましたか? この問いに答えるのは意外に難しいのです。すぐ思いつくのは、「たくさんの資産を持っている」ではないでしょうか。分かりやすくいえば大金持ちです。しかし、それは一面しか捕らえていません。資産家がすべて幸福だとは限らないからです。家族に恵まれないとか、虚弱体質だとか、幸福ではない要素は資産以外に数々あるのです。

幸福・幸せの定義をネットで調べてみると非常にたくさんあることに驚きます。それは、哲学、思想、宗教の各分野でさまざまな捕らえ方をされ、また個人によってもその概念は各種あるためここで取り上げることはしないでおきましょう。

 

収入と幸福

サラリーマンにとって、1年間でどれだけ稼いだかを示す年収は大きな関心事でしょう。エグゼクティブの立場では1,000万円を超えたかどうかで充足感を味わえるでしょう。その一方では200万円前後のワーキンクプアが生まれ、大きな社会問題となっています。

 

では、年収が多ければ多いほど幸福なのでしょうか?

ダニエル・カーネルマンという米国の心理学・行動経済学者が興味深い研究の成果を発表しています。これは2008年から約1年かけて数十万の米国民に電話調査した結果から得たものです。

それによると、やはり年収が高いほど幸福を感じていることが分かりました。ところが、その感覚は610万円を超えると頭打ちになるのです。それを超えるといくら多くても幸福度は上昇しないのです。

 

米国での年収610万円がどの程度のレベルなのかは窺い知ることができませんが、日本に照らし合わせてみると労働時間は当然長くなり、責任からもたらされるストレスも大きくなります。思うように休暇も取れないことが予想されます。そういう状況では幸福と感じなくなるのは当然かもしれません。

 

北欧に見る幸福度

世界幸福度ランキングというのをご存じでしょうか? 国連が各国を年度ごとに調査しているもので、2017年の上位5国は1位・ノルウェー、2位・デンマーク、3位・アイスランド、4位・スイス、5位・フィンランドでした。ベスト5のうち、実に4国を北欧が占めています。

 

その理由はいくつかあります。

◇医療費、介護費が不要

日本では国民皆保険が施行され、日本国民が医療機関で診断・治療を受けた場合は1?3割を負担すればいいようになっています。それは世界的に見れば非常に優れた制度であり、これほど恵まれた国は数えるほどしかありません。米国などは州によって制度が異なり、また保険金が高額であるため国民は自分の意志で加入するかどうかを決めるというシステムです。加入しなければ保険金を支払う必要はありません。しかし、治療を受ければ高額の請求を受けます。低所得者層は病気・怪我をしても治療を受けられないというのが現状です。

それに比較すると北欧の医療費ゼロというのは非常に魅力があります。さらに、高齢になって働けなくなっても国が面倒を見てくれるのです。介護施設を利用しても無料ですから、民間の介護事業は存在しません。年金や生活保護の心配は必要ないのです。

 

◇教育費も無料

日本では子供を医者にしようとすると数千万円の学費がかかるといわれています。一流の国立大学に行かせようとするとレベルの高い私立高校や熟に通わせる必要があり、親の所得が大きく影響するというのが実情です。低所得者層は子供にレベルの高い教育を受けさせることができないのです。

しかし、北欧ではなんの心配もありません。小学校から大学まで無料ですからまさに平等です。学びたいと思えば(本人の資質は別にして)どこでも入学できるのです。働きながら大学院に通う際も費用はかかりません。学位を取得すれば自分が所属している企業に、引いては社会に貢献するチャンスが大きく広がります。

 

◇労働時間が短い

北欧諸国は労働時間が短いという点も共通しています。デンマークでは一週間の労働時間は37時間までという協約があるそうです。週に5日働いたとすれば1日当たり7.4時間という労働時間になります。もちろん残業はありません。その結果、自分の好きなことをできる時間、家族と過ごす時間がたっぷりあります。

さらに、有給休暇もたっぷりあります。忙しいから休むわけにはいかない、上司が休まないから自分も休めないということはまったくありません。早朝から満員電車で通勤し、自宅に帰り着くのは夜遅く。休日は疲れを取るため1日中ごろごろ、でなければ接待ゴルフ、はたまた休日出勤を強いられる日本のサラリーマンにしてみれば夢のような話です。
北欧にはまだまだ幸福度を高める要素があります。が、テーマとはかなり外れるためここでは割愛します。

 

北欧の福祉を支える税金

ここで、北欧にも問題があることを付け加えておきましょう。なにからなにまでいいことずくめではないのです。
まず、医療費や教育費を支えるための費用が欠かせません。国民が支払わなくてもいいとなるとその財源をどこかへ求めなくてはなりません。それが税金です。

現在、日本の消費税は8%です。2017年の10月には10%になる予定で、消費が一層冷え込むのではないかと懸念されています。しかし、すでに10%以上の消費税をかけている国は139か国もあるのです。それを考えると、日本の税金は安いのだなと思わせるところがあります。

 

さて、北欧の消費税はどうでしょうか? やはり最高レベルです。スウェーデン、デンマーク、ノルウェーはいずれも25%です。フィンランドは24%。アイスランドは25.5%で、世界第2位です。ちなみに、第1位はハンガリーの27%です。

次に所得税を見てみましょう。スウェーデンは27?52%、フィンランドは9?32.5%と同様に高水準です。デンマークは0?15%、ノルウェーは0?19.5%と意外に低いような気がしますが、これは国税のみで、他に32.6%、28%の地方税が加算されるため、合計すると他の北欧諸国と変わりません。

 

モチベーションは下がらない?

所得税がこれだけ高いと富裕層が存在しづらくなります。また、いくら仕事をしても税金をごっそり持っていかれるわけです。一方で、低所得者は手厚く保護されています。仕事をしなくても国が面倒を見てくれるのです。このような背景でまともに仕事をする気になれるでしょうか。仕事に対するモチベーションが上がらないのは無理もないような気がします。

 

北欧に共通した傾向として、女性の社会進出率が非常に高いという事実があります。養護施設が完備していてしかも無料で利用できるのですから、子供を預けて仕事ができるのです。それもあって、非常に離婚率が高いという結果が生まれます。自由度が高い一方、他人に頼らずに生きられるという面があるのです。そのため、人と人のつながりが希薄になり、社会的に孤立してついには自殺するというケースが珍しくはありません。国中に厭世観が蔓延していのではないかと見てもおかしくはありません。

 

ところが、事実は大違いです。2015年の一人当たりのGDPの世界ランクを見ると、北欧諸国は次のようになっています。3位・ノルウェー、6位・アイスランド、9位・デンマーク、12位・スウェーデン、18位・フィンランド。なお、1位はルクセンブルクで、日本は26位です。短い労働時間でありながら、日本よりもはるかに高いことが窺えます。仕事に対するモチベーションを心配する必要はまったくありません。

 

年々ランクを落とす日本のパワー

国民総生産こそ世界第3位の日本ですが、一人当たりに換算すると26位であり、同じアジアの4位・マカオ、9位・シンガポール、19位・香港にも下回っています。27位・ブルネイ、30位・韓国にもやがて追い抜かれるだろうと予測する人もいます。2000年の数字では、日本は4位でした。しかし、2010年には18位までランクを下げています。このままの状態を続ければ将来的にはまだまだ落ちていくでしょう。

 

日本の生産量が年々ダウンしているわけではありません。確実にアップはしているのです。ただ、他の国の方が上昇率は高いのです。

日本の大手企業の従業員が1日20時間の労働時間に耐えきれず、自殺してしまった事件がありました。それについて「月当たりの残業時間が100時間を超えたくらいで過労死するのは情けない」と発言した大学教授がいたそうです。この教授の真意は、プロなら請け負った仕事をやり通すべきではないかというところにあったようですが、物理的にどう考えても無理であろうとも拒否できない体質がまだまだ根強く残っているのが日本の企業です。

 

冒頭に戻ります。宗谷岬へ行くのに、他の車より先に着きたいからドライバーに徹夜で運転しろと命じますか。1着賞金が100万円のレースとなれば参加者全員は一丸となって目標に向かいます。しかし、彼らは本当に1着になることを望んでいるでしょうか。道中を楽しみながら走りたいと思っているのではありませんか?