商品力とは…ニーズを満たす三つの法則

商品作成

From:松本泰二

有名なピータードラッカーの著書「マネジメント」に次のような一節があります。企業の使命と目的の出発点はただ一つ。消費者である。消費者である顧客を満足させること、それが企業の使命と目的である」

顧客を満足させるには彼らのニーズを知らなければなりません。そして、それに応える商品を提供できなければこの厳しい時代を勝ち抜くことはできないのです。しかし、このニーズを知るのは簡単ではありません。同業他社もしのぎを削ってそれを探ろうとしています。

そこで、ニーズを的確に知るための三つの法則を紹介しましょう。

ニーズとは表に見えるものだけではない

本来、ニーズとは欲求、需要という意味ですが、マーケティングでは不足している状況を指します。空腹だったりノドが渇いたりしているため快適ではないケースです。それを充足させるためにはなんらかのアクションが必要で、それを購買動機につなげたいのです。

しかし、では、ノドの渇きを癒すためだけなら水道水でいいのでしょうか? 一歩譲って、ミネラルウォーターでいいのでしょうか?

 

それで十分な場合もあります。が、仲間と楽しく運動したあとは、これはもうよく冷えたビールしかないでしょう。特に、たっぷり汗をかいたあとのアルコールシーンにワインや日本酒の出番はありません(例外はありますが)。冷たさやほどよい苦み、ノド越しの爽快感というビールならではの特徴があるからなのですが、気の合った仲間とワイワイやるという要素が大きく反映しています。

真夏の海辺のバーベキュー、仕事帰りに行くビルのビアガーデン、球場でナイトゲームを応援しながら飲む一杯などなど、ビールにピッタリというシチュエーションはたくさんあります。

 

ビールはアルコール飲料の一つです。渇きを癒すと同時に血中のアルコール濃度を上げてハイにしてくれます。突き詰めて考えるとそれだけの存在でしかないのですが、ではほかのアルコール飲料で代用できるでしょうか? 

渇きとアルコールという二点だけをみればチューハイやハイボール、シャンパンでもいいはずです。
そこに、ビールだけが持つイメージがあります。夏、爽やか、冷たい、清涼というビールが持つイメージは皆さんも否定しないでしょう。

 

グラスに注がれたビールを思い浮かべてみてください。

表面にはクリーミーな泡が盛り上がり、無数の炭酸の小さい泡が登り、グラスの表面では結露した水滴が垂れている。ビール好きにはたまらない画像です。ビールには楽しさという一面も持ち合わせています。二人でしっとりという雰囲気には似合いません。やけ酒のアイテムとしてもちょっとそぐわないようです。やはり、仲間と大声でしゃべりながら、笑いながら飲むというシーンにピッタリです。

さらには、本格的に飲む前の前置きというか、前菜のような性格も持ち合わせています。とりあえずビールというのがそれで、1杯目のお酒はほとんどの人がビールを選びます。

 

このように、ビールという商品はさまざまな特徴を備えています。ノドの渇きを癒すアルコール飲料というのはその一面でしかないのです。逆の言い方をすると、消費者はビールが持っているさまざまな顔をすべて認めたうえでこの商品を選んでいるのです。

iPhoneはなぜ人気が高いのか?

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似たような分かりやすい事例はほかにもあります。携帯電話の普及率は今や100%を超え、一人で2台所有する人も珍しくないのが現状です。

そのような情勢の中で、スマホのシェアはiPhoneが60%以上を占めています。新機種の発売日は販売店に長い行列ができるほどです(ちなみに、iPhoneがわが国で初めて発売されたとき、こんなものは日本では売れないと明言した評論家がたくさんいたそうです)。

 

では、なぜこれほどまでにiPhoneは愛されているのでしょう? 

電話やメール、各種アプリを使うという基本的な性能はAndroidとまったく同じです。本体のデザインや写真機能の優れている点など細かい違いはいろいろありますが、iPhoneの強みは基本的な操作がどの機種にも共通している点とセキュリティの高さにあると見ていいでしょう。

たとえば、ここにスマホを使っている人が100人いたとしましょう。シェアの数字をそのまま引用すればiPhoneは60人、Androidは40人になります。さて、この人たちに自分のメルアドを表示させてくださいとお願いしたとき、すぐ対応できる人が何人いるでしょうか?

 

ケータイ歴、スマホ歴、その機種を何年使っているかによってかなりのバラツキが見られるでしょうが、iPhoneならみんな同じ操作で表示させることができます。それに比べて、Androidはメーカー、機種によってすべて異なるといってもいいでしょう。

iPhoneのすごいところは全世界の人が同じ操作で表示できることです。簡略化されているから基本操作は誰でもすぐ慣れるというのは使いやすさの象徴です。iPhoneが持つもう一つの大きな特徴は、厳しく審査したアプリしか利用できないところにあります。これには功罪二つの面があります。アプリの数が制限されるのはマイナス面ですが、セキュリティは非常に高く、情報が洩れることはまずありません。

一方のAndroidはどうでしょう。自由に参入できるとあってアプリの種類は膨大です。それだけにチェックはありません。悪意を持ったものも紛れる可能性があります。iPhoneのユーザーはそんなメリットを選択したのです。

 

人間の欲求には五段階ある

アメリカの心理学者であるアブラハム・マズローという人が、人間の欲求は五段階の階層から成り立っているという理論を発表しました。これはマーケティングや社員教育などの広い分野で取り入れられています。

 

簡単に説明してみましょう。

人間の欲求は生理、安全、社会性、尊厳・承認、自己実現の五つに分類され、それらはピラミッドのように下から順に階層をなしているというものです。生理的欲求が満たされれば次の安全的欲求を、それが満たされるとその上の社会性、そして尊厳、さらには自己実現を求めるようになります。社会性とはなんらかの社会に帰属していたいという欲求、尊厳とは承認してもらいたい欲求、自己実現は自らが立てた目標を達成したいというものです。

ピラミッドのような階層ですから、高い次元の欲求ほどそれを求める人間の数は少なくなります。逆に、低い次元の欲求は人間はもちろん、生きとし生きるものすべてが求めています。

高級車と軽自動車

ここで、五段階の欲求のうちの下から二番目、安全性の欲求を見てみます。低次の欲求ですからボリュームゾーンであるのは間違いありません。

この具体的な内容は次のようなものです。
◇下位の生理的欲求をずっと継続して満たしたい。
◇収入を安定させ、暮らしの水準を維持させたい。
◇風雨から守ってくれる快適な住居がほしい。
◇健康で長生きをしたい。

ここに、フロイトが唱える快楽原則が潜んでいます。ご存じのようにジークムント・フロイトはオーストリアの精神分析学者で、彼が残した数々の理論はさまざまな方面に影響を与えています。

 

快楽原則とは一言でいえば「痛みを避けて快楽を得る」というもので、人間が行動する動機はこの二つに集約されます。

生理的欲求が継続的に満たされていればその心配(=苦痛)をする必要はなく、快適な生活が保証されています。暮らしの水準を維持できるのも快適さにつながります。寒いときは暖かく、暑い夏は涼しくしてくれる家は痛みを避けて快楽を得るという目的そのものです。健康&長生きはいうまでもないでしょう。

 

これが、乗用車を購入するときのモチベーションにどのように働くかを見てみましょう。

まず、前提となるのが「痛みを避ける」ことです。購買動機と痛みとどんな関係があるんだと疑問を抱くかもしれませんが、自分が所持しているお金を支払うというのは実は精神的に大きなダメージを与えているのです。欲しいモノに対して代価を支払うとはいえ、苦労して得た財産を失うのは苦痛以外のなにものでもありません。

1円でも安いものを求めて主婦がスーパーマーケットをハシゴするのは、この心の痛みを和らげたいからにほかなりません。

 

乗用車に話を戻しましょう。ここでは両極端な例を取り上げてみます。高級車の代表としてベンツ、安価でコストパフォーマンスの優れている軽自動車がそれです。どちらも人を乗せて移動する道具であり、その目的を見る限りどちらでもいいはずです。が、現実として、ベンツの場合最高級のGクラスだと1000万円から8000万円もするのに、そんな高価な乗用車を購入する人がいます。

対して、軽自動車だと100万円前後、安いものでは70万円代で新車を購入できるとあって、たくさんの人が愛用しています。この両者の意識の違いはなんなのでしょう?

 

痛みを避けることを追求した軽自動車

燃費のよさも手伝って、今では軽自動車の人気は大変なものがあります。中古車市場では車が足りず、かなりの高値で取引されているほどです。軽自動車のメリットはなんといっても車両価格の安さにあります。

加えて、自動車税、車検、高速道路の通行料などさまざまな面で優遇されています。排気量が360ccの時代はエンジンのパワーが不足してカークーラーが満足に作動しなかったのですが、今や660ccの時代です。パワーはもちろん、居住性もはるかに改善されました。難点としては4人までしか乗れないことぐらいでしょうか。

 

しかし、この軽自動車のユーザーの中にも快楽を求める人がいます。ひたすら痛みを避けるのではなく、ある程度避けることができれば次の段階として快楽を追求したいのです。そんなユーザーのために、200万円クラスの軽自動車が開発されました。軽自動車とは痛みを避けるものという一面的な見方をしてはいけないのです。痛みを避けるものではあるけれども、その中で快楽を求めるユーザーもいるのです。

 

快楽を求めるためのベンツ

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数千万円クラスとなると庶民の感覚とはかけ離れてしまいますから、ここでは500万円から1000万円クラスのベンツを対象に話を進めます。さて、これほど高価な乗用車に乗る人の目的はなんなのでしょう?

作りがしっかりしているから事故に遭遇しても安全性が高い、つまり痛みを避けるという要素もないことはないのですが、最大の目的は快楽を得ることです。乗り心地はもちろんですが、高級車に乗れるようになった自分を誇らしく思うと同時に、他の人に認めてもらうこともできます。

マズローの欲求五段階のうちの尊厳、自己実現も満たしているのです。

 

一方で、快楽を求めつつ、いくらかでも痛みを避けたいというユーザーがいます。200万円の軽自動車を求めるユーザーとは逆のパターンです。

そのような欲求に応えるため、ベンツは新車価格が300万円クラスの車を開発しました。この価格帯なら国産車と大差はなく、買いやすいといえるでしょう。

 

痛みを避けて快楽を得るというのはモチベーションの大きな要素で、消費者のニーズを知るためのキーワーなのですが、どちらか一方に特化してしまうのは得策ではありません。痛みを避けるというのが前提ではあるけれども、その中で快楽を得たいというニーズも存在するのです。逆の場合も同様です。さらには、その程度もさまざまです。あくまでも全体を俯瞰し、その中でどの部分に絞るかを見極めなくてはなりません。

 

複数段階の欲求を満たす

ベンツの事例を紹介したとき、安全欲求の「快楽を求めて苦痛を避ける」ことがテーマであったにもかかわらず、尊厳と自己実現の欲求をも満たしていることに触れています。ベンツという乗用車は三つの段階の欲求を満足させる商品なのです。

このように、一つの段階ではなく、より多くの段階の欲求を満足させることができれば広い範囲のニーズに応えることになり、商品価値はさらに上がります。単に飢えを満たすだけではなく、安くて美味しい食べものであればよく売れる理由がこれです。

高価なビンテージワインを飲みたいと思うのは生理的欲求だけではなく、安全=美味しさ、尊厳=認められたいという欲求を満たしたいからといっていいでしょう。

 

何段階もの欲求を満たす塚田農場

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このところ業績を急速に伸ばして注目されているエー・ピーカンパニーという企業があります。企業名には記憶がなくても、塚田農場といえば思い当たる人も多いのではないでしょうか。

宮崎の地鶏を中心に鮮魚やホルモンなどを提供する居酒屋チェーンで、美味しいものを安くという理念で独自の流通システムを作り上げ、主に関東・関西圏で150店舗ほど展開しています。

 

この塚田農場の注目すべき点はいろいろあるのですが、ここではスタンプカードを取り上げてみましょう。来店、または一定金額を支払うたびにスタンプを捺してもらうシステムは珍しくありません。しかし、塚田農場のそれはかなり趣きが変わっています。カードは名刺形式で、顧客の名前が大きく入ります。

そして、来店回数によって役職がどんどん昇進していくのです。主任から課長、部長、専務を経て、最後は社長から会長にまで上り詰めます。サラリーマンにとってはなんとも嬉しいシステムです。昇進するたびに昇進祝いをプレゼントしてくれるというのも泣かせます。

さらに、塚田農場全店でそれぞれの肩書きを持つ顧客が何人いるかを表示し、毎日のように更新しています。これを見れば自分はどの地位にいるかがすぐ分かるわけです。

 

塚田農場のシステムがどれだけの欲求を満たしているか分かりますか?

まず、食べたり飲んだりするところだから生理的な欲求の満足を得られます。次に、安くて美味しいことから安全性の欲求も満たされます。そして、塚田農場の肩書きを持っていますから社会に帰属したいという欲求、さらに地位が上がることで尊厳の欲求にも応えています。五段階の欲求のうちの実に四つの段階に訴えているのですから、リピート率60%というのもうなずけます。

 

ゲーミフィケーションを取り入れて本質を知ってもらう

来店回数に応じて出世していくというシステムは、実はゲームフィケーションと呼ばれるものです。最近は各分野で導入され、耳にした人も多いと思いますが、簡単に紹介しておきましょう。

最近はスマホを使ったソーシャルゲームが大人気ですが、いつの時代もゲームはそれで遊ぶ人たちをわくわくさせてくれます。ゲーミフィケーションそのゲームの要素を取り入れて消費者の興味や関心を得るマーケティングの手法といっていいでしょう。先に触れたスタンプカードがまさにその一つなのです。

 

とはいえ、通常の販売店が実施しているスタンプカードでは達成感は得られても、わくわく感を得ることはできません。その点、塚田農場のシステムはよく考えられています。どんどん昇進していくにしたがってプレゼントをもらい、他の社員(顧客)と競争して出世の階段を登り、部長や専務として認知してもらい、社長・会長で達成感を得ることができるのです。

一つのステージをクリアして先へ進むと難度が高くなり、それをクリアすればまた先へというゲームと同じです。通常のスタンプカードでは10回来店だとか、数十万円の金額が溜まらなければ達成感を得られませんが、塚田農場のハードルはずっと低く、2回来店するだけで主任から課長に昇進します。部長は5回、専務は7回ですから、月に2回も訪れると4か月で役員になれるわけです。会長になるには15回来店する必要がありますが、その前の段階が細かく区切られているため一つ上のステップをクリアしやすいのです。

 

最後はやはり基本的な商品力がものをいう

表に見えないニーズを読み取り、痛みを避けて快楽を得るモチベーションを探り、複数の欲求を満足させる商品を開発することが大切だと解説してきました。しかし、その三つを完璧に実行したとしても、肝心の商品の魅力がなければ業績アップにはつながりません。

塚田農場の昇進システムがいくら優れていても、価格のわりに料理が美味しくなければやがて足は遠のきます。独特の流通システムを築いて新鮮で美味しいものを安く仕入れ、顧客に提供するというのが塚田農場の基本的な経営姿勢です。

しっかりとした商品の本質を固めることを疎かにしては本末転倒といわれても仕方がありません。

 

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