商品を圧倒的に有利に展開するポジショニング

商品作成

From:松本泰二

サッカーという競技に参加していると思ってください。ポジションはどこでも構いません。自分が好きなところ……フォワードでもディフェンスでも、あるいはミッドフィルダーでもいいでしょう。その試合で味方が攻撃しているとしたら、あなたはどの位置へ移動しますか? 

オフザボール(ボールを持っていない選手)ではあっても、自チームが有利になるようなところへ移動するはずです。それがマーケティングにおけるポジショニングの基本的な考え方になります。

 

どこに立てば有利な試合運びができるか?

サッカーのピッチは、Jリーグや国際大会ではタッチラインが105m、ゴールラインは68mと定められています。この中でゲームをするとき、選手はボールの位置、敵・味方の選手の位置を見て、自分がどこに動けばパスを受けやすいか、また敵のスルーパスをカットできるかを瞬時に判断し、それにそって移動します。

マーケティングにおけるポジショニングもこれと同じです。市場があって、消費者がいて、ターゲットがあり、競合商品がある中で、自社の商品をどこに位置させるか(あるいはイメージさせるか)を考えて差別化を図る戦略なのです。

 

これにはいくつものメリットがありますが、市場を把握して分析することでターゲットをしっかり認識できるというメリットを最初に挙げておきましょう。

サッカーのゲームにたとえるなら、相手がどんなチームかによって戦術を変えるのと同様です。攻撃が得意なのか、それとも守りが非常に堅いのか、スーパーストライカーがいてその選手が常に得点を上げるのかなどによって、フォーメーションを変えなければなりません。

 

マーケットの中のどの層にセグメントするか、同じ層をターゲットとする競合品にはどのようなものがあるか、それに対する消費者のイメージは、購買行動につながる判断基準はなにか、彼らが望む価格帯はどのレベルかなどなど、徹底した分析が要求されます。そして、それを通して自社の強い部分、弱い部分を知り、どのフィールドでどのような戦い方をすればいいかを検討します。

 

ドライビールはその結果生まれたといってもいいでしょう。ビールといえば重たくて苦いものというイメージが定着していた消費者に、軽くて切れのいい新しいビールという商品を訴えたのです。同じビールではあっても旧来のものとは性格が異なりますから、競合品はないに等しいのです。発売当初は「こんなビールが売れるわけがない」と発言していた関係者がたくさんいたそうです。

 

サッカーでは戦況、マーケティングでは現状分析です。細かく分析して市場を把握しなければ的確な経営戦略は成り立ちません。

 

富士山山頂のペットボトルは500円

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市場を分析したら、次は新しいポジション、または空いているポジションを探します。近年、ニッチ市場という用語をよく聞きます。いわゆる隙間産業です。それと少し似たところがありますが、ポジショニングはもっと大きなマーケットが期待できます。ポジショニングによって自社商品のユニークな価値を認めてもらえれば、競合他社に対して有利な立場になるからです。

 

分かりやすい例として、富士山山頂のペットボトルを取り上げてみましょう。自販機の場合、500ml入りのペットボトルは通常ですと(下界という意味ですが)110円から150円前後で販売されています。しかし、富士山頂ではなんと500円なのです。同じ商品なのに、富士山頂というポジショニングにおいては3倍以上の価格で販売され、それでも購入する人は後を絶ちません。

 

登山では汗と呼気によって大量の水分を奪われます。それを補わないと脱水症状を起こしてしまいます。といって、2日分、3日分の水を背負って登るのはかなりつらいものがあります。そのため、途中で補給しないといけないのですが、富士山には湧き水を汲める水場がありません。だから、これを購入するしか方法がないのです。

もちろん、下界から運び上げるという手間はかかります。しかし、競合店・競合商品がなければこういう戦略を取ることが可能なのです。これは、次に取り上げる価格決定権とも絡んでくるのですが、他にはないユニークな商品として消費者に認知してもらうことができれば、有利に商品展開ができることがお分かりいただけると思います。

 

面白いことに、富士山の場合、高度によってドリンクの価格がどんどん上がっていきます。五合目では200円、六合目は400円と上がり、山頂は500円というわけです。山頂の売店ではカップヌードルの値段が700円だそうです。

ただし、山頂に他の自販機が運び上げられ、そちらでは400円で販売されたとしたら優位性は一挙に崩れます(可能性としてはあり得ないのですが)。常に市場の動向を見極め、優位性を保てなくなる可能性があればポジショニングをもう一度見直すリポジショニングは欠かせません。

 

また、空白の領域を見つけたといってすぐに飛びつくのも考えものです。そのエリアにはマーケットとなるべき消費者が非常に少ないか、そのエリア向けの商品を開発するには非常に高度な技術が必要だったり、経費が高価だったりする可能性もあるからです。なんらかの理由があったため誰も手をつけていなかったという事例は少なくありません。

 

価格決定権を握ることの有利さ

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現在、商品の価格はどのように決定されているのでしょう? 本来あるべき姿は、原価+諸経費+利益=価格です。製造を担当する企業としては、適正な利益を得なければ自社を健全な状態で運営することはできません。かつて、我が国ではすべてこの原則に従って価格が決定され、商品はメーカーが決めた「定価」によって流通されていたのです。

しかし、1990年代になるとスーパーマーケットという名の流通革命が行われ、価格決定権は次第に量販店が握るようになります。現在、一般消費財のカタログを見ると、大半の商品はオープン価格とされています。いくらで販売してもいいですよというわけです。

 

さらに、価格競争の激化をはじめとして過去に交わした契約による制約や販売先企業の一方的な要求、品質の異なる海外商品の価格を基準とした価格決定などの理由によって、メーカーは利益を得ることが非常に難しくなっています。

 

顕著な例としてよく知られているのが家電業界です。価格決定権は量販店に握られ、加えて東アジア商品との競合が厳しく、満足のいく利益を得るにはほど遠い状況です。

一方、中小企業ではあってもしっかりしたポジショニングを行い、差別化された商品を開発しているところは価格交渉力が強く、自社の利益を確保できています。どんなに優れた商品ではあっても、ポジショニングがなされてなければ「その他大勢」の一つにすぎません。価格決定権を握るのは難しいといわざるを得ません。

 

ポジショニングは幸福追求型の経営に通じる

利益を追求して規模を拡大し、さらに大きな利益を上げることを目的として企業は発展してきました。しかし、右肩上がりの経済発展は終わりを告げ、安定経済の時代に入りました。ここにきて注目を集めているのが幸福追求型の経営です。業績追求型の経営がモーレツ社員の犠牲の上に成り立っていたのに対して、この幸福追求型はまず社員の幸せを目指しています。

 

安定した経営基盤があり、安定した所得と定められた労働時間を保証することで社員の生活にゆとりが生まれ、それは社員の家族をも幸福にします。また、安定した経営は取引先、仕入先、協力会社の経営にも波及します。安定した雇用は地域社会にも貢献します。利益が上がれば株主も幸せになります。

 

社員のモチベーションを高いレベルで維持できれば企業を取り巻く周辺の企業や人たちにもプラスの影響が生まれるほか、ポジショニングにはもう一つの効果があります。冒頭ではサッカーを例にとって解説しましたが、サッカーというゲームには勝ち負けがあります。一方が勝てば他方は負けるのです。

しかし、富士山のペットボトルを思い出してください。誰も負けることはないのです。新しいポジションを探すのですから、そこに競合品はありません。いくら売れても敗者はいませんから不幸になる人もいないのです。そういう意味でも、ポジショニングは幸福追求型の経営に通じるといっていいでしょう。

 

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