From:松本泰二
前回は、ポジショニングマップの作り方について解説しました。商品の価値というものはほとんどの場合、相対的なものです。絶対的な価値を持つ商品は皆無とはいいませんが、非常に少ないと思って いいでしょう。
なぜなら、開発・発売した当初は絶対的な価値を持っていたとしても、それがヒットすればすぐに競合品や類似商品が出回るからです。逆に、他者がヒット商品を売り出せば、こちらも同種の商品を販売するでしょう。その結果、商品の価値はどんどん下が っていきます。相対的なものだという理由がこれです。
ポジショニング&リポジショニングのためには競合品・類似商品を把握しておか なければなりません。
競合他社や競合品をどれだけ知っていますか?
競合する店舗や商品にはどんなものがあるか具体的に名前を挙げてみてくださいといわれたとき、あなたはどれだけ挙げることができる でしょう?
マーケティングや商品開発に携わる部署に所属している人ならすらすらと挙げることができるでしょう。しかし、経営、も しくはそれに準ずる地位にいる人ほどそれを把握できていないケースが多くみられます。あるのは知っているが名前は出てこない、競合 品はない、まったく知らないという人が珍しくないのです。
競争社会で生き残るためには敵を知らなければなりません。孫氏の兵法にある「彼を知り己を知れば百戦して殆(あや)うからず」です 。
競合品は視野を広く
競合する企業や商品を挙げてくださいといったとき、大半の人は狭い範囲でしか捕らえていないことに気づかされます。中華料理店のオ ーナーはまず近隣の同業者しか見ていません。せいぜいラーメン店までです。
しかし、あなたがお客であって食事時間になったとき、どこに入ろうとするでしょう? 外食店すべての中から選択するのではないでし ょうか? 最近はイートインコーナーを設置したコンビニもあります。つまり、コンビニを含めた外食産業すべてが競合店になるのです 。
JR九州の特急電車は実に魅力があります。ななつ星の例を持ち出すまでもなく、ゆふいんの森やSL人吉、A列車で行こうなど誰もが 一度は乗ってみたいと思う観光列車がラインアップされています。他のエリアもあるにはあるのですが、これほど多くはありません。
で は、なぜJR九州は次々と観光列車を走らせるのでしょう?
いうまでもなく、競争に勝つためです。競合他社に対して優位性を得るためです。九州といえば私鉄はわずかに福岡と大牟田を結ぶ路線 しかなく、JR九州のシェアはダントツではないのかと思うかもしれません。しかし、JRは熾烈な戦いを繰り広げています。
相手はク ルマとバスです。私鉄がほとんどなく、地下鉄の開発も遅れた九州では古くからクルマに頼る生活を余儀なくされていました。それとと もに乗合バスも発達し、現在でも県別乗合バスの保有台数(人口比)では長崎県が第1位です。鹿児島県は8位、佐賀県が11位です。 福岡、熊本、大分、宮崎も20位台で、いかに地元住民に必要としているかが分かります。
乗合バスの路線とJRがバッティングするエリアはわずかしかないのではないかという疑問を抱くかもしれません。バスが競合相手なの は高速バス部門です。九州新幹線が鹿児島まで開通するよりはるか以前に高速道路は九州を縦断していました。福岡、鹿児島間を移動す る客の多くは高速バスに鞍替えしていたのです。
このように、JRの競合相手は私鉄だけではありません。公共交通はもちろん、移動手段と捕らえたときはクルマも飛行機も競合するの です。同様に、クルマの競合相手はクルマだけではなく、バスやタクシー、路面電車、さらにはバイク、自転車、徒歩と視野をずっと広 げなくてはなりません。
競争相手の特徴を書き出す
競争相手がリストアップできたら、次にその特徴を書き出します。特徴というと漠然としていますから、少し分かりやすく解説してみま しょう。
例えば超小型の二人乗り電気自動車を開発したいと考えているとします。競争相手となるのはまず先行しているガソリンで走る 軽自動車です。まともにバッティングするのはこれです。
電気自動車と比較したとき、軽自動車の優れている点はどこでしょう?
各所にあるガソリンスタンドで気軽に燃料を補給できるという これが一番でしょう。しかも補給時間はわずか数分で、満タンにすれば数100㎞は走れます。電気自動車の場合、一戸建てで自宅に駐車できれば家庭用コンセントで充電できますが、急速充電でも30分はかかります。
しかも、フル充電しても100〜200kmほどしか 走れません。気温が下がればさらに距離は短くなります。充電スポットも数は少なく、ガソリンスタンドの比ではありません。また、走らせなくても勝手に放電してしまいます。
軽自動車は大量生産していますから車両価格が安いというのも魅力です。電気自動車には補助金制度があり、減税措置も利用できますが 、マスプロダクツの恩恵にあずかれないため基本価格が高いのは避けられません。さらに、軽自動車はメーカーが数社あって車種も豊富で、自分の好みに合ったものを選ぶことができます。
では、自転車やバイクは超小型電気自動車に比べてどんな特徴があるでしょう?
車両価格や維持費は圧倒的に安いというのがあります 。四輪免許は必要ありません。特に、自転車は免許が不要で、小学生でも気軽に利用できます。保管場所は狭く、渋滞もあまり影響を受 けません。
徒歩の場合はその傾向がさらに強くなります。移動手段と考えたとき、競合するのはバスやタクシー、電車まで含めないといけないのですが、ここでは割愛します。
競合品の特徴を表にする
軽自動車、バイク、自転車の特徴を書き出したら、次にそれらを表にして自社商品である超小型電気自動車と対比させます。先ほど軽自 動車の優れているところを挙げましたが、電気自動車のメリットももちろんあります。燃料代が非常に安く、静かで、動きが滑らか、環 境に優しいということです。
また、バイクや自転車と比較すると、雨が降っても濡れないという大きな特徴があります。同乗者も快適です。自転車より速度が速く、 行動範囲が広いことはいうまでもありません。ラゲッジスペースがあるから荷物も運べます。
このとき、必ず押さえておきたい項目があります。価格と消費者です。価格とは高い・安いです。消費者とは男性・女性、年代、職業な どの属性です。男性向けか、女性が好むものなのか、若者向きか、幅広い年代層に支持されているか、それともシニアを対象としている か、学生か、主婦層か、ビジネスマンか……などなどです。
この点を無視するケースがままありますが、商品を選択して購買を決定する のは消費者自身です。決して疎かにしてはいけません。
ポジショニングマップの基本的な三大軸
競合商品のデータが揃ったところでいよいよポジショニングマップを作成しますが、このとき二つの軸が必要です。縦軸と横軸がそれで 、それぞれをなににするかが非常に難しい問題といえます。なにしろ候補が非常に多く、設定如何で新しい商品がヒットするかどうかが 決まるとなれば、担当者の責任は相当に重くなります。
そこで、最初に設定する基本的な軸は自社商品の特徴、価格、そして消費者の属性から選ぶというステップを踏んでみましょう。このと き、三通りの軸が設定できることになります。商品の特徴と価格、価格と消費者の属性、商品の特徴と消費者の属性の三つです。
先ほどの小型電気自動車の例でいうと、商品の特徴の中から燃料代が安い、静かであること、環境に優しい、動きが滑らかという四つの 軸が選べます。それぞれを縦軸に取り、横軸に価格を設定して4種類のマップを作成してみます。
同様に、四つの特徴を縦軸に、消費者の属性を横軸に取るとどうなるかをマップにしてみます。このとき、消費者の属性もいろいろある わけです。前述したように年齢層、男女別、職業などに分ける必要があります。さらに、価格と消費者の属性という組み合わせも作成し ます。
何十枚ものマップから見えてくるもの
さまざまな軸を設定してポジショニングマップを作成すると、その数は相当な量になるはずです。最高のマップを1枚だけ作成するので はなく、何枚ものマップを作ることによって現時点における競合品の特徴が浮き彫りにされ、空白地帯が見えてくるのです。
そして、その空白地帯をピックアップして検討を重ね、そのエリアにポジションする商品を開発することが技術的に可能かどうか、それ はビジネスとして十分成り立つものかどうかが見えてくるのです。ポジショニングマップがなければそのような検討もできません。
三大軸以外にも軸はさまざま
ポジショニングマップの軸には三大軸以外にもさまざまなものがあり、ヒットした商品・サービスはそれらを有効に利用しています。こ こではその事例として狭い店舗で業績を伸ばしている外食店を紹介しましょう。
一件目は「俺のシリーズ」です。最近、いろいろなメデ ィアで取り上げられることが多く、皆さんも聞いたことがあるのではないかと思われます。高級フランス料理、高級イタリア料理といえば広々とした落ち着いた空間でゆっくり楽しむものというイメージがあります。
その代わり、価格は一人分10,000円を超えるのが当然と いう世界です。限られた人しか味わえない料理なのです。それを二分の一程度の料金で楽しめるようにしたのが「俺のフレンチ」「俺のイタリアン」です。食材の質を落とすことなく、また各店 のスーパーシェフをスカウトしてきていますから、提供する料理の味は10,000円を超える店に劣ることはありません。
むしろ、上回るも のもあるほどです。その結果、大勢のお客が押しかけて順番待ちの行列を作るのが常態となっています。
では、なぜそんな低価格で提供することが可能になったのでしょう?
答えはテーブルを廃したからです。お客はすべて立ったままで高 級料理を食べ、ワインを飲みます。椅子は必要ありませんから狭いスペースでもたくさんのお客が入れます。また、立って食べるためそれほど長居はできません。回転が早いのです。
単価10,000円のお客が2人来店するよりも、単価5,000円のお客が5人入った方が売上は上 がるという計算です。銀座の一等地ともなれば借地料はとんでもなく高いものであることは想像がつくでしょう。しかし、言い方は悪いのですが狭いところに 詰め込んで、それでも次から次にお客がやって来るのですから損益分岐点は確実にクリアできています。
現在、「俺のシリーズ」は同じ業態で焼肉、スパニッシュ、割烹、揚子江と各種の料理を提供する店舗を展開しています。
屋台人気はなぜ衰えないのか?
業績を伸ばしているかどうかの指標としての数字は見えにくいのですが、福岡市の屋台は現在約150軒あり、年間100万人以上の人が利用していて年間の総売上は15億円以上といわれています。観光の大きな目玉でもあるのですが、衛生などの面から厳しい規制を受けているのが現状です。
それはともかくとして、屋台がこれほど人気が高い理由はなんでしょう?
夏は暑く、冬は寒い。トレイは近くにない。そして、やたら 狭く、見知らぬ同士が肩をすり合わせていることも珍しくありません。
屋台をよく利用する人は「そこがいい」と言います。他人同士でもすぐ言葉を交わして打ち解ける博多っ子の気質とも関係しているのでしょうが、日常とは大きくかけ離れている業態は最初は新鮮であ り、それが好きな人にとってはそこでしか味わえない雰囲気がたまらないのかもしれません。
飲食店にはゆったりした空間が不可欠だとする考え方とはまったく反対です。このような店も人気があるという事実を認識してください。