起業準備期間中にやっておくべきこと

会社生存率という言葉をご存じでしょうか。新しく立ち上げた会社がどの程度の期間存続しているかを調べたもので、それによると設立後1年でほぼ60%の会社が立ち行かなくなり、40%しか生き残っていないそうです。そして、5年過ぎると15%、10年後では6.3%という数字になり、30年後にはなんと0.021%しか存続していないのです。

 

もっとも、この数字はあくまでも会社として登記したものに限っており、個人経営は含まれていません。また、副業として立ち上げたものについても組み込まれていないため、その数字に疑問符がつくのは避けられません。とはいえ、ここで会社生存率の数字の確かさに言及するのは本意ではありません。苦労して立ち上げた会社を存続させることがいかに難しいかを知っていただきたいのです。

そして、生存率の低い原因のほとんどは準備不足にあることも肝に命じてほしいのです。自分の会社を10年、20年と存続させるためには周到な準備が必要です。

 

準備不足が大半の原因

起業する立場の人はその大半が初体験です。つまり、初めて経営を体験する人がほとんどです。そのため、なにがどれだけ必要かが分からないまま起業するというパターンが大半です。というか、現在のリソースで十分だと判断してスタートしてしまうのです。これを読んでいるあなたがどれだけ起業のための準備ができているかチェックしてみましょう。

起業準備チェック

1 十分な事業資金があるか
2 競合他社のデータは十分に揃っているか
3 業界の最新データを入手しているか
4 ホームページ立ち上げの準備はできているか
5 SNSは利用しているか
6 ネーミングやキャッチコピーは用意できているか
7 事業・経営計画書はできているか
8 起業セミナーは受講しているか

以下、各項目をざっくりと説明してみましょう。

 

資金を調達する

近年はネットを利用して開業する人が増え、資金をそれほど必要としない業態が増えています。しかし、脱サラして起業しようとするほど本格的なビジネスを考えている場合は資金が欠かせません。

資金の調達方法はいくつかあります。メインは自己資金ですが、それだけでは不十分なため出資者を募ったり助成金や融資を利用したりします。特に、新創業融資制度は無担保・無保証人で利用できるとあって起業時は非常に頼りになります(限度は最大3,000万円)。

 

ただし、この制度を受けられるかどうかは厳しくチェックされます。そのとき、大切なのが自己資金作りのプロセスです。融資するのは日本政策金融公庫という政府の金融機関ですが、そこの担当者はどのようにして自己資金を調達したかを細かく調べます。そして、新たに起業しようとする経営者がどのような金銭管理能力を持っているかを知ろうとします。

そのような彼らを満足させるには、より確実な実績が必要です。その一つが銀行口座です。事業計画を作成したら資金を調達するための計画も立てます。事業計画とは実際に起業してからのことを計画するだけではありません。自己資金を調達するためにはどうすればいいかという計画も含んでいます。

 

そして、どのような経緯を経て最終的な自己資金となり得たかを第三者に示さなくてはなりません。そのための銀行口座ですから他の出納はまったく行わず、また出金することもありません。入金のみです。その金額が計画通りに貯蓄されているかどうかもチェックポイントになります。

開業資金としてタンス貯金していた、親族や友人に借りた、遺産を流用したというのでは融資してもらえません。そのことを知っておきましょう。

 

競合他社のデータを見て差別化する

新しく会社を起こす、新しい店を開業するというのはそれを目論んでいる人にとっては非常に魅力ある話なのですが、明らかなマイナス要素があります。それは後発であるということです。すでに地位を確立した先発企業はごまんとあります。常連客をつかんでいる魅力のある店舗も山ほどあります。後発企業がその中で生き残るには明確な差別化が必要です。

そのためには、どのようなライバル社があるかを網羅しておかなくてはなりません。そして、ポジショニングマップを制作し、空白地帯をリサーチする。それが定石です。競合会社を知ることは生き残るためには欠かせません。起業してそれから調べるのでは明らかに手遅れです。これも準備段階でやっておくべきことです。

 

業界の最新情報を入手する

よく見られるパターンとして、新しく経営者となる起業家は元大手企業の社員であるケースが多いようです。これは後ほど触れますが、大手企業の一員として働くスタッフは狭い範囲での知識しか与えられません。いや、与えられないというのではなく、それ以上は必要ないのです。大企業は全体がチームとして動いています。一人のスタッフはわずかな部分しか担当しませんし、仮に急病で欠勤したとしてもすぐに他のメンバーが代わりを務めます。

そのような立場にいると情報すべてを把握するのは難しいでしょう。目の前の職務に必要ない情報が多数あるからです。しかし、起業して経営者となるとそれでは困ります。自分が飛び込む業界の考えられる限りのすべてを把握し、生き残るために利用しなければなりません。それも最新でなければ意味がないのです。市場は日々変化しています。統合や廃業、新製品の発表、バージョンアップとどんどん進化しています。その情報は大切です。

 

ホームページの開設準備

現代はインターネットが普及し、新しく商品を購入する際は類似商品の性能や価格を一通り調べ、それから行動に移すのが通例です。また、新しく取引を始めようとするときもその会社についてネットで調べる人が増えています。ホームページのない企業というのは現在では二流、三流とみられても仕方のない状況です。きちんとした企業であることを知らしめるためにホームページは欠かせないといっていいでしょう。

 

とはいえ、現状としては、実際に企業を立ち上げてからホームページを作成するのが一般的です。起業したばかりではやらなければならないことがたくさんあり、なかなかホームページに手をつけられないのが現状です。その結果、作業が捗らず、なによりも大切な新規取引先、新しい見込み客にアピールする場がいつまで経っても「工事中」では、あなたが望んでいるようには事業は運んでくれません。

事業計画ができていれば基本的な内容は作成できるはずです。可能な限り、ホームページは完成させておきましょう。

 

SNSを利用する

かつては予想もされなかったことですが、今は個人の立場で発信する場には事欠きません。ラインやブログ、フェイスブック、ツイッターを代表とするSNSがそれです。

 

これを起業にどのように利用するかというと、最大の目的はユーザーや潜在顧客とのコミュニケーションを図ることにあります。自分のSNSのフォロアーになってもらい、親近感を抱いてもらい、最終的にはファン化を狙いたいのですが、まずは商品やサービスのPRに務めることからスタートしましょう。

といって、SNSを利用して商品や企業をアピールするのは禁物です。必要としている人以外は宣伝文句は誰も読みたくありません。その部分は自社のホームページに任せておきましょう。

 

では、SNSではなにを訴えればいいのでしょう?

ここで、あなたがどのようなユーザー像を設定しているかどうかが問われます。BtoCマーケティング(個人を対象とするビジネス)では仮想ユーザーを細かく設定します。年代、性別、教育レベル、さらにはどのように一日を過ごしているか、メディアにはどのように接しているかなどを設定し、その人物が興味を引くであろう内容を書き込みします。

設定に合致していれば、起業に備えてどんなことをやっているか。どんな苦労をしているか。どんな会社を作りたいか。自分の会社を立ち上げて社会にどのように貢献したいかといった内容もいいでしょう。要は、あなた個人に興味を持ってもらうことです。

 

キャッチコピーとネーミングの選択

すべては、お客さまの「うまい!」のために。これはどこのキャッチコピーか分かりますか? そうです。アサヒビールです。では、小さなクルマ、大きな未来は? スズキ自動車ですね。このように、優れたキャッチコピーは一般ユーザーの記憶にとどまり、親近感を抱かせてくれます。そして、似たようなフレーズを耳にすると、その商品を連想します。売上アップのためには非常に重要な要素であることは間違いありません。

 

ただし、選択するのは非常に困難です。山のように存在する言葉の中から自分の商品のキャッチコピーを探す。これは気が遠くなるほどの作業です。しかも、その結果が売行きを左右するとなるとこれは慎重にならざるを得ません。それだけに余計に時間がかかります。会社を立ち上げてそれから取りかかっていたのではすぐには間に合いません。一つでも商品をたくさん売りたいのにキャッチコピーがまだできていないというのでは大きなマイナス要素です。

商品名はもっと深刻です。ネーミングはキャッチコピーよりさらに重要で、商品を売る以上は絶対に必要なものです。時間がないからといってなおざりにはできません。準備期間中にたっぷりと時間を使って、これ以上はないという商品名を選んでおきましょう。どうしても決められない場合は、キャッチコピーも含めて候補をふんだんにストックしておくことです。

 

起業セミナーを講習する

経営セミナーや起業セミナーは世の中にたくさんあります。それだけ受講する人が多いということなのですが、準備期間中に必ず受けてみることをお勧めします。自分が気がつかなかった点をいろいろ指摘してくれますし、同じ志を持つ同士と仲間になって意識を高めるという利点もあります。

セミナーを受けること自体が目的となっては困りますが、心構えや実務論、マーケティングの基本的な考え方を教わるという意味ではプラスになる部分が多いはずです。同じ内容の書籍は市場にたくさん出回っていますが、単に文字を追うのではなく生きた言葉で聞くとインパクトがあります。分かりやすく解説してくれますし、理解しにくい部分も親切に説明してくれます。

 

事業計画書、経営計画書を作成する

事業計画書と経営計画書は厳密にいえば違うものなのでしょうが、実際は定義づけする人によって微妙に意味が違っているようです。そのため、ここでは意味するところは追求せず、単に計画書について触れておきましょう。

 

さて、経営計画書にしろ事業計画書にしろ、この種の計画書は必ずしも必要ではありません(融資を受ける際は事業計画書が欠かせません)。なくても経営することは可能です。しかし、自分の頭の中にあるモヤモヤしたものを明文化するとさまざまなメリットが生じます。

例えば、第三者に説明するときの資料となります。仮にパートナーに準ずるパーソンがいた場合、それを見れば大まかな内容が正確に伝わります。また、一つ一つを突き詰めて考えていくことで自分の考えの未消化の部分が明確になり、よりパーフェクトに近づいていきます。

 

なぜ準備が不足するのか

起業が初めての人にとっては、なにもかもが分からないことだらけでしょう。なにしろ、初めての経験だからです。といって、すべてを把握したうえで起業を始めようとしていたのでは、いつまで経っても行動に移せないでしょう。

ここで大切なのが自分の立場です。自分の能力を正確に知っておかなくてはなりません。往々にして、脱サラして起業しようとする人は際立った能力を有しています。所属していた企業では有能と見られていた人種です。そういう状況から、当人は現状の満足できない境遇に甘んじるのではなく、脱サラすればよりよい環境に身を置くことができると判断してしまうのです。つまり、自分には能力がある、自身で経営すれば今よりも高い報酬を得ることができると思ってしまうのです。

ところが、それは多くの場合、勘違いにすぎません。なぜなら、その人が高い能力を発揮できていたのは企業の一員だったからです。

 

スペシャリストとゼネラリスト

一般企業では新入社員がどのような経過を辿って「成長」するかを見てみましょう。どのような部署に配属されたとしても、最初に要求されるのはスペシャリストとしての能力です。一つの作業に精通し、より速くより正確に処理する能力が求められます。これが第一段階です。

やがて年月が経過すると新入社員は中堅幹部となり、スタッフを管理する業務も兼ねるようになります。スペシャリストとしての能力に加えて、ゼネラリストとしての能力も要求されるのです。これが第二段階です第三段階が役員です。順調に出世すれば幹部となり、会社をより広い視野で眺める立場になります。この先、社会がどのように変化し、その中で生き残るためにはどの方向に進めばいいかを判断しなければなりません。要するに経営陣の一画です。

 

さて、起業して経営者となるにはどの段階で脱サラすればいいと思いますか? 理想からすれば実際の経営を体験している第三段階です。しかし、そこまで出世できるのはほんの一握りでしかありません。それなりの立場にあれば待遇に不満を覚えるケースも少ないでしょう。

脱サラしたい、起業したいと考えるのは第一、第二段階です。スペシャリストとしてバリバリ業務をこなし、周囲の評価も高く、それでいて現状に不満を抱いている状態です。

 

スペシャリストは経営者としては不適

経営者が直面する課題はあらゆる方面に渡っています。営業はもちろん、商品開発、マーケティング、会計・経理、IT、プレゼン、さらにはコミュニケーション能力も求められます。深い知識を有する専門家である必要はありませんが、広範な知識が必要です。まさにゼネラリストとしての資格が問われるところです。

 

時代の流れとして、現代はスペシャリストを目指すビジネスパーソンが増えています。管理職に就かず、どこまでも専門職の道を歩みたいと希望しているのです。昔ながらの年功序列システムは崩れつつありますが、それでも「上」は詰まっています。その他大勢の管理職になるよりはスペシャリストとしてのスキルを身につけた方がやり甲斐もあるというものです。転職する場合もはるかに有利です。

しかし、起業して経営者になるには不利なのは間違いありません。狭い範囲の知識だけではとても通用しないのです。そのことを十分踏まえて第一歩を踏み出すための準備をしておくことをお勧めします。