【IDEAストーリー】第8回:100回着ても大丈夫!日本で最初で最後になる国産Tシャツメーカー

MATSUMOTO
こんにちは。イデア・クリエイションの松本泰二です。
IDEAストーリー

起業家のストーリーを追体験してもらおうという無料のインタビューサイトです。

このサイトでは、これから起業に興味のある方に向けて、成長のサービスを展開されている方、面白いサービス、商品を出されている方、各分野の実績を出されている専門家の方々にインタビューということで、各スペシャリストの方にお話を伺ってしまおうというような内容で、毎週お届けしています。

 

本日のIDEAストーリー。ゲストは、久米繊維工業株式会社 取締役会長 久米信行さんです。久米さん、宜しくお願いします。

久米会長
どうぞ、宜しくお願い致します。

 

自己紹介をお願いします。

久米会長
私は多分、日本で最初で最後になる国産Tシャツメーカーの三代目の会長でございまして、 創業は81年になります。父いわく、戦後日本で一番最初にTシャツ作ったというお話しでありますし、あ と、構造不況業種の典型であります、繊維工業は、その中でTシャツを今でも国内で作っているというメ ーカーでございます。

 

MATSUMOTO
どういった特徴が主にありますか?
久米会長
もう中国、ベトナムなどで、Tシャツは普通に作られているんですけども、価格ではとてもかない ません。ですから、私たちがこだわっているのは、三つ主にあるんですけれども、一つ目は、機能の品質。着心地と、長持ちするというところですかね。

Tシャツで一番多いクレームとい うのは、襟が伸びちゃったとか、すぐへろへろになるという話ですけども.例えば、私たちのTシャツで 一番贅を凝らしたものの一つに、色丸首とあるんですけども、1万円以上しますが、100回着ても、全然大丈夫なので。

 

MATSUMOTO
1万円以上する?
久米会長
1万円以上するんです。日本の紡績技術の粋を尽くしまして、ちょっと見た目には絹に近い光沢が あったり、肌触りも独特なものなんですけれども、私も100回以上洗って、愛用しているんですが、それでも着心地が悪くなるどころか、むしろ優しくなるような感じですよね。

 

MATSUMOTO
100回以上洗ってもですか?
久米会長
大丈夫です。糸というのは、綿を結って作っているんですけども、それを少しずつほどけてくるの で、むしろ汗を吸ったりとか、あと肌に優しくなってくるんですよね。そういう着心地と長持ちというのを、まず考えますし。

あと二番目は環境です。残念ながら、綿花というのは、日本には田畑がないから、ちょっと分かりづらい んですけども、海外でものすごく農薬をたくさん使って作られているんですね。ですから、なるべくオーガニックコットン使おうと思ったり、あとは、電気を使う、生産のときに電気を使うんですけど、それとグリーン電力を使って、風力とか太陽光とかバイオマスとか地熱とか、そういうものを使って、なるべく地球環境に負荷のないような作り方をしている。これが二番目の特徴です。

三番目が一番の特徴かもしれませんけども、文化の品質で、Tシャツは昔で言えば、一方的にデザイナーが作ったもの、ブランドが作ったものを受け身で着るものだったんですけど、私たちのお客さんの多くは、自分でTシャツをキャンバスにしてデザインしたいという方ですから、その方々をサポートするということで、例えば、このファクトリーショップも10枚の展示会がいつもできるように、クリエイターの方に開放していますし、自分のブランドを立ち上げて、ネットで販売したい、あるいは、イベントをやりたいという方もサポートをするというような形で。

 

MATSUMOTO
先ほどの店員さんはクリエイターの方?
久米会長
そうです。色彩さんというブランドで、例えば、普通のファッションアパレルの方だと思いつかないようなTシャツに紐がついていて、それを引っ張ると、ブラインドが上がるようなデザインとか、そういう遊び心のあるデザインを少量作られているんですね。私がTシャツ屋のメーカーの子供として育ったころは日本中同じデザインのTシャツ。

例えば、VAN JACKETさんとか、JUNさんとか、大人気ブランドをみんな着て、同じものを着て、喜んでいたんですね。今はそうではない。例えば、プロシューマーという言葉はご存じですか。アルビン・トフラーって、この前亡くなった未来学者が、ちょうど私が小さいころに予言したんですけども、一方的に物を買うんじゃなくて、自分で着たいものをプロデュースするようなコンシューマーが出るということで、プロシューマー。

今はまさに私たちのお客さん、そういう方が多くてですね。自分でデザインしたものをTシャツにして、自分で着て楽しむどころか、それをネットで販売したり、イベントで使ったり、フリマで売ったりするような方が多いです。

 

どんなお客さんが多かったりするんですか?

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久米会長
あらゆる方と言ってもいいです。普段は別のお仕事をされていたり、デザインと関係ない仕事するけど、Tシャツが大好きで、そのデザインをするということでありますから、今オタクっていう言葉はだいぶね、悪い言葉ではなくなりました。

何か好きなことを、タモリクラブに出たりとか。そういう人たちが自分の好みでTシャツをどんどん作ってくるということです。

 

一番象徴的なのは、砂浜美術館Tシャツアート展というのが、毎年ゴールデンウィークのとき高知県の砂浜で開かれるんですね。四万十川のほとりの砂浜で、砂浜美術館と言っているけど、建物がないんです。そこには、千何百枚のTシャツがはためくんですけど、一つとして同じデザインがありません。

なぜかというと、みなさんが自分のデザイン、例えば、自分が撮った写真でもいいし、お子様が描いたラクガキでもいいんですけれども、それをネットで応募すると、それが私たちが作っているオーガニックコットンのTシャツに1枚ずつプリントされて、千数百種類がはためくというものなので。

 

MATSUMOTO
すごい圧巻っぽいですね。
久米会長
圧巻です。この前サントリーさんの地域文化賞も取られましたけど、もう20年、30年近く続いているイベントですけれども、だから、誰かデザイナー凄い人が作って、受け身で買う時代ではなくて、自分が参加する、そういう文化を私たち育てたいと思っているんですよね。

 

この仕事を始めたのはいつ頃ですか?

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久米会長
私の祖父が尋常小学校出たときだから、12歳くらいのとき、栃木県の農家から丁稚奉公でやってきたわけです。次男だったので。墨田区の界隈はメディアス縫製工場がたくさんありましたから、そこで丁稚奉公して、そして、1935年、昭和10年に独立して開業したのが、最初です。昭和10年ですから、すぐ戦争で、この辺焼け野原ですね。そのあと、復興して、うちの父親が後継ぎになって、もともと肌着を作っていたんですけども、それをTシャツにして。

Tシャツはもともとは下着みたいなものですよね。だから、下着を着て外を歩くなんてことは、昔は想像できなかったわけですけど。戦後アメリカの文化と一緒に、Tシャツが入ってきて、父は映画少年でしたから、マーロン・ブランドとか、ジェームズ・ディーンを見て、これはかっこいいというので、Tシャツを作り始めたというところですね。

 

MATSUMOTO
久米さんがスタートしたのはどういった背景ですか?
久米会長
僕がスタートしたのは、私が育った家というのは、小さな家兼オフィスでございました。それで、ランドセル背負って、ただいまと帰ると、父が仕事して、誰かが仕事して、反物が積んであってみたいなところに育った。職住一致のようなところに、そして、長男でしたから、生まれたときから、お前はここを継ぐんだと。

 

MATSUMOTO
言われていたんですか?
久米会長
言われるし、自分でも自覚していたんですよね。ところが、繊維工業はすごく花型だった時代から、だんだん変わってきますでしょ、世の中が。私が大学に行ったころには、どんなニュースが、例えば、日経新聞に出ていたかというと、中国からの糸製品輸入が1億枚超えましたなんてニュースが出ていたわけです。

だから、このままただ後継ぎになったら大変だということで、まず中国経済を大学で学び、そして、普通だったら、私のような後継者の場合は、アパレルに修行に行ったり、商社に修行に行ったりするんですけども、同じ業種に行っても、多分、新しい知恵出ないということで、ベンチャーに行こうということで、イマジニアという創業期ベンチャーに行ったんです。これは、ファミコンゲームメーカーです。今は携帯コンテンツのね、配信会社ですけど、そこに創業第一期で入って。

 

MATSUMOTO
第一期で入ったんですね。
久米会長
第一期です。出来たばかりのときに入りました。最初はですね、私、コンサルの会社に内定もらっていて、コンサルの立場で勉強しようと思ったんですけども、就活のときくらいしか、いろいろ創業者社長に会えませんよね。

それで面白い会社がたくさん回っていて、ミサワホームも当時、元気な会社。新しい、まだベンチャーだったころ。成功したベンチャーだった頃だったんで、そこに行ったときに、イマジニアという子会社が出来るというので、社長に会って、そして、言われたのが、「コンサルタントになってもね、多分、ほんとに意味の経営は学べないぞ」と、「馬には乗ってみろでね、実際に、そういう企業時の現場に立ち会うべきだ」と言われて、なんの業種か分からないままに、社長と握手して、そこに入ったんです。

良かったことは、マニュアルも何もない会社、顧客リストも何もない会社だったので、飛び込み営業から始まって、そして、会社の中の組織割もないから、昼は営業、夜はゲームづくりという、普通だったら有り得ないですよね。全然別のセクションです。物づくりと販売は、その両方を私は立ち会えたし、あとは、広報部隊もいなかったので、電話取って、取材だったら、自分が受けるみたいな会社だったんですね。

 

MATSUMOTO
作るとかもできたんですか?
久米会長
私はもともとボーイスカウト、アウトドア派ですから、ゲームとか苦手というか、嫌いな立場だったんですけども。どちらかというと、ゲームやっている子供は、私から見たらね、ボーイスカウトからしたら真逆にいる方ですよね。

 

MATSUMOTO
昔はそうなのかな。
久米会長
そうです。ファミコンゲームが始めのころでした。でも、しょうがない、人手不足ですから、やってみろと言われて、作ったら、すごく面白いんですね。もともと物語を考えるのは大好きでしたし、そして、フローチャートの書き方なんか教わりながらね。

こういうイベントのときは、こういう確率で、AとBの結果がどのくらいのパーセントで出るなんてことを考えていくわけなんですけども、株式必勝学というゲームを作ったんですけども、経済の知識はありましたから、それに物語を絡めながら作っていくのは、ものすごく面白かったんですね。

何より良かったのは、自分が作ったものを自分で売るということをやったことです。多分、起業家の方も、これからご商売始めるときには、人手がいませんから、自分で作って、自分で売るということをやりますでしょう。

 

MATSUMOTO
そうですね。
久米会長
これは一番大変なんですけど、一番面白いということを知りました。そして、さらに、私大学で一生懸命勉強したつもりだったんですけども、おもちゃ屋さんの営業に大学で勉強したことは、全く役立ちませんね。要は、目の前のおもちゃ屋の親父さんをどうやって喜ばすかを、常に考えていかないといけない。

 

どこら辺が面白いって感じましたか?

久米会長
これは今インターネット活用にも全部通じていることなんですけども、自分が何を望んでいるかを考える前に、その人が何を望んでいるかということを常に考える癖がつきました。おもちゃ屋さんの親父さんが何を一番望んでいるかというと、私たちイマジニアのソフトを仕入れることではなくて、一番売れるソフトを売れる数とちょうどで仕入れたいというのがニーズですよね。

 

当時、ファミコンの仕入れはすごく難しくて、返品なしで、発売1ヶ月前とか、2ヶ月前に確定発注出さなきゃいけないという、ある意味、博打みたいな商売だったんです。任天堂はじめ、売る側が強かった、なんでも売れた時代でしたから、そういうときに、町の人から見た、おもちゃ屋さんから見たら、余っちゃうのは困るけれども、足りないのも困るわけですよね。仕入れが。

適切な情報が必要だということが分かったんです。最初は門前払いくらっていましたけど、それがだんだん分かってきたので、いろんなお店、そういうおもちゃ屋さんが参考にするであろう、例えば、ヨドバシカメラ屋さんとか、博品館さん行って、今度ファイナルファンタジーに何本仕入れますかと、ドラクエ何本くらい仕入れますかというのは、仲良くなれば教えてくれます。

 

MATSUMOTO
ドラクエの当時ですね。
久米会長
そうです。そういう情報を差し上げると、例えば、博品館で500本だったら、うちは100本かななんて、勘がつくわけですよ。だから、商品を売る前にその人が知りたい情報をお伝えするということを勉強していったんです。

そして、今でも営業の極意は変わっていないと思うんですけども、一番素晴らしい営業というのは、商品のことを一つも話さない売れるのが最高の営業だと、よく言われますよね。

 

要は、「お前が言うなら買う」と、「お前が好きだから買う」という話ですけれども、私たちもそういう情報、自分で調べて、出しているうちに、可愛がってもらいまして、株のゲームなんて、世の中に一つもなかったんですけども、「訳分からんけども、お前が言うし、今まで教えてくれたから、付き合って、買おう」って方が出てきたんです。

その方は結果としては、それ売れて儲かったんですけどね。だから、商いの原点を大学出て2年くらいで、創業期ベンチャーで学べたというのがとても大きなことでしたね。

 

「お前が言うから買う」っていうふうに思われる。何か意識していたことはありますか?

久米会長
ひたすら、その人の役立つことは何か、ということですよね。だから、ファミコンのときは、もちろんそういう情報でしょうし、例えば、Tシャツで言えば、このTシャツの素材は何々でという説明を、お客様は望んでいるわけではないんですね。

そのTシャツを私たちのお店のお客さんが喜んでくれるかどうか、どういう形でお話しをしたら、買ってくださるかが興味ありますよね。だから、Tシャツの機能だけじゃなくて、楽しみ方まで含めて、その人の役立つ形でお話しするというのが、その後ずっと一貫して私のテーマになっているんですよね。

 

MATSUMOTO
スティーブ・ジョブズのプレゼンみたいな。
久米会長
そういうことです。そういうこともあります。あとは、やっぱりアクティブリスニングですよね。ひたすら、やっぱり聞きながら、その人が一番何を望んでいるかということを考えると。私も最初はそうでしたけれども、どうしても営業慣れないとね、とにかく自分がトークしなきゃ、トークしなきゃ。

 

MATSUMOTO
そうですよね(笑)
久米会長
この時間を埋めなきゃという気持ちになりますけども、だいたい自分が話過ぎているときは売れないときですよ。お客様がずっと話をしてくださるときは、だいたい気に入られて買ってくださる。

それはイマジニアの創業者で今もCEOされている、神蔵さんからも教わりましたね。神蔵さんは、松下政経塾の出身ですけども、とにかく傾聴、アクティブリスニングの神様みたいな人でしたね。

 

例えば、株式必勝学、監修してくださった、松本亨先生とか、そういう先生にすごく好かれるんですよ。私もそういう現場に何度か立ち会ったことあるんですけど、とにかく聞いているんです。ディズニーランドではないけど、ちゃんと目を合わせて。そして、その方が一番お話しをされたい、歌で言えば、サビにあたる部分になったときに、ちゃんとそれをお返しするんです。「あ、何々ですよね」。

そうすると、今、私もよく逆の立場になって話から分かるんですけど、今のようにね、松本さんのように、ちゃんと聞いてくださると嬉しくなって、話してしまうんですよ。

 

だから、よく聞いて、相槌をするということも営業で大切だなということを、そこで教わったんですよね。そして、いざ自分が話さなきゃいけないときには、自分が作ったものですから、魂こもっていますよ。夜中いつも終電までね、仕事して作ったものですから、相手の方が受け入れてくださるときに、自分がほんとに魂込めて大好きになったものを勧めるというのが、どんなに楽しいことか、よく若い、今、私も明治大学で教えていますけど、若い人、営業嫌いという人も多いんですよね。企画がやりたいという人も多いんですけども。

AIに一番取って変わられない仕事の一つは、そういう高度な営業の仕事だと思います。ネットで買い物かごに入れるみたいなのは別ですよ。そうじゃなくて、要説明商品とか、世の中にないものをお売りするときには、やっぱり人が心通わせないと、なかなかね。

 

MATSUMOTO
ネット・スマホが出てきているから、そういう営業嫌いみたいなのが、もっと結構強まっている感じ。
久米会長
コミュニケーションが苦手な方がやっぱり若い方と接していると多いんですよね。僕は逆で、コミュニケーションこそ一番面白くて創造的だと思うんですよ。

だから、例えば、一番良くないのは、ラインなど、SNS使ってね、自分と似たような人とだけ会話しているのが、一番その人のポテンシャルを殺してしまうと思うんですよね。営業やるということは、だいたい、好きな人は、せいぜい1割か、2割くらいしかいないわけですよ。

 

あと、だいたいね、気が合わない人とか、その人の近くにいくと胃が痛くなるような人に会わなきゃいけない、でも、その人たちと仲良くなったり、その人が私の師匠だと思える瞬間がある人というのは、多分、起業家向きの人。

なぜかというと、新しいものをどんどん吸収していって、今までにないものを作ったり、潜在的なニーズにこたえていくのが、起業家の役目でしょう。そのためには、自分と似たような人と、自分が知っているような世界で接していても意味がないんですよね。

 

どちらかというと、苦手な営業、苦手なお客さんのところの現場に行ったときに、だいたい閃くものなので、私の場合はファミコンも嫌いでしたしね、まさか、おもちゃ屋さんに営業に行くとも思いませんでしたけども、それを先にやったので良かったし、広報で言えば、今の若い人って恥ずかしがり屋じゃないですか。

でも、およそ恥ずかしいことは全部したんですよ。例えば、八重洲ブックセンターとか、博品館の前でデモをするとかね。そうすると、子供たちがやってきて、子供たち厳しいですから、クソゲーとか言いながら非難されたりとか、あといろいろチラシ配っても、全部無視されたり。

 

MATSUMOTO
クソゲーという言葉って、そんな昔から結構。
久米会長
ありました。僕らのころからありました。そして、子供たちはね、だいたい、30秒から1分で判断するんですよね。今でもYoutube2分しか見ないと言われていますけど、ばーっと見て、つまらないと言って、今と違って、スマホも何もないですけども、学校とか塾で言いふらすんですよね。あれ、つまらなかったと、それもすごく勉強になりましたね。

今ご存じのように、マスメディアがきかない時代だと言われていますでしょう。通販やっている人は常識でしょうけど、広告よりも、ネットの口コミっていう話ですけども、それは私がファミコンの営業をしているときから、もうあったんです。

 

例えば、広告一生懸命出しますけど、それよりも、ファミマガとか、ファミ通専門誌のランキングを気にするとか、クラスで一番ゲームにうるさい人が、デモ見てきたのを気にするとかいうことが、すでにあったんですよね。

だから、最初の2年間で営業の本質、あとは新しい商い、自分が作って、自分で売るのが一番楽しいというところと、同時にこれから恐ろしい生活者が出てくるなと。売る人よりも、もっと詳しい人が出てくるというのを予感しました。

 

営業で聞く力を高めるためにどうしたらいいですか?

久米会長
そのことをさらに、強化してくれたのが、その後行った、証券会社で伝説のトップセールス、私の仲人もやってくださった、カサイエイイチさんという方に出会ったのが大きいんですよね。その人はとにかく、高校卒業して、日興証券入られたんですけど、伝説のトップセールスで、トヨタと空前の取引をやるようになってね。

すごい人だったんですよ。その人に今いただいたのと同じ質問を、私投げかけたことがあるんですけど、「どうやったら営業できますか?」って言ったらね。営業というのは会う前に7割決まっているんだ。

 

MATSUMOTO
会う前に?
久米会長
会う前に。いわゆる、セールスをする前に7割決まっていて、その前に相手のことをよく調べて、知ったうえで、相手が好きなものとか、こととか、人をどれだけ知っているか。仕事と関係なしにね、その人の趣味とか、好きな食べ物とかを知ったうえで、それを自分が好きになっているかどうかが一番大切だということですよ。

 

MATSUMOTO
自分が好きになるまでいくと。
久米会長
好きにならないと、話が弾みませんでしょう。私はお陰さまで、今かなりいろんなもののオタクなんですけども、どんな話になっても、だいたい盛り上がるわけなんですよ。それは、無理やり合わせているわけではないですよ。鉄道の話なら鉄道、天体の話なら天体、車の話なら車の話ができるわけですよ。

いろんなオタクで、それはいろんな人と出会って、そのカサさんの教えを守って、いろいろ調べてね、自分も好きになろうとした結果なんですよね。だから、今私は、学生とか若い人に言っているのは、脳のパラボラ力を高めなさいということを言っているんです。パラボラアンテナを年を重ねるごとにたくさん作って、そのパラボラはお客さんと話を合わせる、一つのテーマみたいなものですよね。

 

だから、例えば、野球が好きな人だったら、野球の話ができた方がいいし、釣りが好きな人だったら、釣りの話できた方がいいわけですよね。ある程度、広く浅くでもいいですから、そういうお話しを聞きながら、目を輝かせて聞けるもの。

それを無理して聞くんじゃなくて、自分も好きだったら楽しいでしょう。それを増やしていくというのが、私自身も心がけていますし、それは営業ができるだけじゃなくて、人生が楽しくなることでもありますよね。だって、誰と会っても、話が合うんですから。

 

MATSUMOTO
確かにそうですね。
久米会長
そして、一番営業がうまくできている瞬間とか、商談がうまくいっているときって、仕事のこと忘れて、その人が一番話したいことを聞いているときですよ。趣味の話になったりしてね、盛り上がっているときが、だいたい営業がうまくいくんですよね。

 

MATSUMOTO
事前に調べられない場合。例えば個人だったりとか、そういう場合は?
久米会長
事前に調べられない時代も、カサさんがトップセールスだったことはすごいんですけれども、でも、聞いてみると、バブルの時代でもありましたから、じゃあ、トヨタの担当者の方とどうやってね、個人的なことを知ったんですかと聞いたら、接待ゴルフたくさんしたとかね。昔なら接待とかしないと、なかなか親しくなれなかった。

あとは、例えば、そのあと、地方の金融機関の方の営業担当になられたんですけど、そのときは、受付から仲良くなり、秘書と仲良くなり、そうしながら、少しずつ聞いていくということが必要だったんです。これだと、今の若い人に一般的じゃないですよね。そういう立場にならないと、なかなかできないとか、景品持っていかないと会えないとかね。接待費ができないとできないとかありますでしょう。

 

でも、今例えば、この墨田区にいるキーパーソンと言われる経営者の方、ほとんどフェイスブックやっていますよ。しかも、公開モードで商売の人はやっている方が多いんです。それ調べて、1週間見れば、だいたい分かりますよ。

あるいは例えば、グーグルで検索したり、Youtubeで検索したら、例えば、こういうインタビュー番組が見つかるかもしれませんし。だいたい、この人と付き合いたいなというキーパーソンはネットで調べたら、だいたい情報があるんですよ。それをみなさんスマホ持っているわけですから、合う前に15分でも見ておけばね。全然違うと思いますね。

 

MATSUMOTO
違いますね。
久米会長
例えば、私の例で言えば、今日は松本さんと会う前にフェイスブックを見ていたら、起業家はSF作家を読むべきだという記事があったから、1冊何か本をというときに、SFの本を持っているわけですよ。

これとても大切なことで、昔、起業家の権化として、よく紹介された、アスキーの西さんなんかもね、SF作家と夢を見ろなんて言っていたんですよ。だから、そういうことをね、やっぱり、フェイスブック見るだけでも、なんとなくね、興味がありそうなことって分かるわけですよ。

 

MATSUMOTO
そうですね。
久米会長
例えば、若い人はコミュ障ですよね。コミュニケーションが苦手で今家に固定電話もないから、知らない人からかかってきた電話取れないということが、今、オフィスで大問題になっているんですよ。電話をかけられない、受けられないという問題が起きているんですけどね。

でも、相手のこと知っていて、いきなり「久米繊維ですけど、Tシャツのご用はありませんか」と言うんじゃなくて、「フェイスブック見ましたよ」と、「お孫さん、運動会で1位になったんですってね」って いうのとね、全然違うじゃないですか。

 

これができれば、相手はいろいろ話をしてくれるので、気がつくと、アクティブリスニングになっている。その人が話したくて、しょうがなくなるツボ、ボタンがあるんですよね。それを押せるようになれば、一言で言うと、可愛いやっちゃって言われるようになるし。

起業家の特性でもある。よく言われるじゃないですか、老人キラーとか、あんまり好きな言葉ではないですけども、そういう大先輩に可愛がってもらえる。そして、若い人は私の話を聞いてくれるから、だいたい私もそうですけど、年取ってくるとね、若い人に自分が得たものを伝えたくなるんですよ。

 

ものすごいそういう欲求が出てくるんです。それがシャワーのように降ってくるから、自然に賢くなったり、縁とか、運とか、勘にも、恵まれるようになりますよね。それを20代のときに、イマジニアと証券会社で教わったのは、すごく私にとって役に立ちました。

 

それもあって、書籍等もいろいろ出されていると思うんですけど。出された経緯というのはあるんですか?

久米会長
書籍のきっかけはですね。私も本出すなんて、全く思ってなかったんですね。いつか童話作家になりたいとは思っていたんですけども、ビジネス書とか、自己啓発本とか、絶対出さないと思っていました。

 

どちらかというと、そういうの嫌い。そういうの書いている人も、読んでいる人も嫌いで、まさか自己啓発本作家になるとは思わなかったんですけども、きっかけはですね、私たちの会社がバブル崩壊で、経営の危機になったからです。

どういうことかというと、昔は大繁盛していて、お客さん引く手あまただったんですけども、多くのお客さん、中国の方が安いからというね、海外生産にシフトしたり、あとは、流通革命が起こって、地方の洋品店とか、問屋さんとか倒産されたり、廃業されたりしましたでしょ。お客さんいなくなっちゃったんですよ。それで、インターネットをやらざるを得なくなって。

 

MATSUMOTO
そういう時期もあったんですか?
久米会長
それが一番最初です。お客さんをとにかく探さなきゃいけない。そして、探すための広告コストもかけられないというので、海に手紙を書いた瓶を流すような気持でね、始めたんですよね。でも、それで、ホームページとか作っているうちに、今でも問題になっていますけれども、ちょっとした言葉のね、言い違いで炎上したりとか、お客様がクレーマーになったりされるということが起き始めていたので、社員向けにね、「メール道」という、1日5分か10分で読める小さなレッスンみたいなのを流し続けたんですよ。

 

ただ、流すのはね、社員に流すのは面白くないというか、もったいないので、当時勉強会でたくさん知り合いになっていた、インターネットとかに興味ある方にも同時にメルマガで配信していたんです。そしたら、それを見ていたある方がですね、これ面白いから、NTTコムウェアさん、大きな会社ですけど、そこのメールマガジンで、コンテンツで使いたいと言われたんですよ。

そして、それを流しているうちに、NTT出版の方と知り合いになって、これ本にしませんかと言われたんです。私なんかの本でいいんですか、大丈夫ですと言って、本を出してみたら、アマゾンで2位になったんですよ。その本が。たまたま本が少なかったときだと思うんですけど、1位がハリーポッターで、2位がメール道だったんですけども。

 

MATSUMOTO
ハリーポッターの最初に出た時期とかですか?
久米会長
ハリーポッターのころですね。総合、ビジネス部門ではずっと1位だったんですけども、そして、それを出して、一言で言うと、自分がある意味、先にインターネットも先にやりましたし、メールでの対応も先にやったわけで、自分が経験したことをまとめて、ネットで配信していたら、本にしてくれたということですよね。そして、1個本が出ると、じゃあまた次も本を書いてくださいと言われるようになったりです。

でも、最初に書いたのは、そういういわゆる、ITのテクニック本ですよね。ITコミュニケーションテクニック、そこからより自己啓発になっていったのは、明治大学の先生をやるようになってからです。明治大学経常学会で一緒していた村田先生から声かけられて、実際に経営を経験している人が大学でベンチャービジネスとか、起業を教えてほしいというので、10年前から始めているんですね。

 

私は当初、出版社の方とも仲良かったので、ベンチャービジネスとか、起業の本が作りたかったんです。それで、授業に望んで、じゃあ、私の授業1年くらい聞いてもらって、それで本作りましょうとやっていったら、幸か不幸かですけども、とてもじゃないけど、ビジネス起業に至るレベルになっていなかったんです。商学部だけど、まず簿記、会計が分からないでしょ。松下幸之助さんの本も、稲盛さんの本も、渋沢栄一さんとかもね、全然知らないと。僕は商売人の息子だから、気がつくと、そういう本がありましたからね。

父親の本をずっと読んでいたわけですけど、正直言って、ビジネス起業の準備ができていない。それどころか、私の授業というのは、自分の好きなものをネットで1年間行商しなさいという授業だったんです。Tシャツが好きな人は、Tシャツ。サッカーチームが好きな人は、そのサッカーチーム。ラーメンが好きな人は、ラーメンでもいいんですよ。こんな簡単な授業は僕ないと思ったんです。

 

そしたら、衝撃的なことが起きて、まず発信したい好きなものがない子が多い。あとは、文章とか、写真とかができなくて、1年間も継続して情報発信ができない。私の授業の最後のゴールは例えば、久米繊維のことをね、半年間ネットで発信して、私、大学でベンチャービジネス学んでいるんですけど、こういうサイト作りました、一度取材させてもらえませんかと言ったら、だいたい取材させてくれるはずですよ。大学生だったらね。自分の憧れの経営者と会えば、人生変わると思ったんです。必ず変わると思ったんです。

元気な大人と会えば。でも、そこまで達する人が、100人のうち10人しかいないことにショックを受けたんですよ。なぜ、それやらないかというと、その理由もよく分からなかったんですけども、「すぐやりなさい」と言っても、やらないんですよ。

 

それで、しかたなく、すぐやる技術というのを、編集者の人が言ってきて、起業論の本よりもね、すぐやる技術という本を出しましょうというふうに言ってくださったんですよ。

最初は僕はそういう本出したくないと、恥ずかしい。私が言っていることは当たり前すぎてね、こんなこと本にするのはね、自分としても嫌だと思っていたんです。でも、それを学生たちの目線で書いてくださいということで書いたら、これ起業家のみなさんも多分経験するかもしれませんけど、自分がこれだと思っているものが売れなくて、ある意味ね、人から言われて作ったものというのが売れることが多くて、その本は現代でも20万部を超えるようなベストセラーになっているんですけどね。

 

それを1冊出したら、次から次にいろんな方が来てくださって、「こういう本出してください、こういう本出してください」って、編集者の方が提案してくださって、自分で売り込んだことは、一度もないです。気がついたら、今、16冊目くらいですかね。

 

教えるというのは、最初は思考錯誤しながら?教えるのはうまかったんですか?

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久米会長
教えるのは、もちろん下手くそだったんですよ。一番最初に体験したのは、証券会社です。証券会社ですごく大変な思いをしたんですけども、私が日興証券で担当していたのは、AI、人工知能、今のような、ディープラーニングなものではなくて、ルールを作るものですけど、それで、相続診断のシステムとか、資産運用のシステムを作っていたんです。店頭で相談するために。

それを、プログラミングをするだけではなくて、それを支店のカウンターにいらっしゃる、ファイナンシャレディーの方が使って説明できる研修をやったんですよ。これがすごく大変だってことが分かったんですね。基本的には本社の人が、また余計なものをね、ノルマで大変なのに作りやがってという気持ちですよね。学びたい人ではなくて、どちらかというと、斜に構っている人に教えるという経験をしたんです。これがすごく役に立ちました。

 

だから、営業でもね、「お前のところの商品欲しくない、顔も見たくない、返品したい」という人と始めたところがスタートだったんですけども、基本的に、あまり勉強したくない人に教えるというのも役に立ちましたし、もっと大変だったのは、私が証券会社にいるときにバブル崩壊したんですね。

そして、支店のお客さん、みんな損させられたと怒っているわけですよ。そこで、本社からの生贄として、私が講師で行ったんです。怒り狂うお客様の前でどうやって話すか。そこでもさっきの営業の知恵が役立ちましてね。基本的には、「お前たちが4万円いくって言ったじゃないか」という話ですよ。だから、会社で作った資料持っていって説明してもね、効き目ゼロですよね。騙されたと思って、だから、私がやっぱり、いつでもそこに返るんですけど、自分で調べました。

 

お客様は何が知りたいのかと、だけど、株をずっとやっていた人たちだから、この大暴落はすぐには戻らないということはわかっているわけですよ。だから、一番知りたいのは何かって、いろいろ聞いたり、察してみると、なんで大暴落は起きてね、どうしてこれが事前に分からなかったのかが気になるわけですよね。

それを証券会社の中で調べたら、実はコンピューターが売っているというのが一つ分かったんです。ある指標を使って、金利との指標を使って。あとは、日興証券を辞めて出て、歩合セールスマン、フルコミッションセールス、自分で自腹みたいな人たちがちゃんと売っていたんですよね。その知恵を自分でまとめてお話しするということをやりました。

 

だから、何が言いたいかというと、誰かの教科書持ってきて、自分の言葉じゃなく喋っても、誰も聞いてくれない。自分でちゃんと汗かいて調べたこと、その人の一番知りたい形で、知りたい内容で話すということをやらないと教えられないということが分かったんです。

だから、私も最初、明治大学で自分の教えたいことを教えようとしたわけですよね。私が正直言えば、ネットを使って、お客さんも増えたし、友人も増えたし、いろんなチャンスにも恵まれたから、みんなやったらいいことあるよぐらいの気持ちでやったわけです。ところが、多くの学生は、別に大学はね、そんなに大学の授業に求めているものもあまりないしね、就活できればいいんだよくらいの話でしょ。

 

MATSUMOTO
大学生は、学びたいという感じで来ている?
久米会長
人は、1回大学を出て、社会に出られてから学び直しで来ている人と、あと留学してわざわざ日本に来ている人は、そういう人はいるんですけども。多くの方は、大学受験大変だけれども、私も昔そうだったかもしれませんけども、入ったら遊ぼうと。3、4年になったら就活しようというくらいの話ですからね。

そして、私は母校じゃない、明治大学で教鞭を取ろうと思ったきっかけは、もともと明治大学の商学部だったら、商人とか、あとは、町工場の子供が多いだろうっていう予測で来たわけです。私もそうでしたけど、やっぱり小さいころから親が商売している背中見ていますとね、放っておいても、商売って何かって分かるわけですよ。一言で言うと、挨拶から違うわけですよ。そういう人だったらね、いろんなこと説明しないで、すぐ本題に入れるなと思ったんですけども、実際には、私の授業を取ってくださった方は、ほとんどご両親もご商売されていないで、お勤めな方だったんです。

 

だから、一言で言うと、中小企業の社長も見たことがない人が多かったわけですよね。だから、今はお客さんである生徒の方のニーズに合わせて、そっか、将来起業しようみたいなことまでは、みなさん考えていないけれども、なんとなく自分が元気がない、なんとなくコミュニケーションが苦手と、なんとなく将来何したらいいか分からないという人が来てくださっていると思うので、私だけではなくて、私が尊敬している起業家の方とか、それは実際に商売始めた方もいらっしゃるし、社内で起業家している。

中小企業の社長に興味ある人ばかりじゃないんですよね。大企業の中で新規事業やりたいという人も多いわけですよ。そういう人をつれてきて、お話しするというのを今やってもらっているんですよね。最初の年の色紙というのは今でも忘れられないんですけど、学生の方が、「先生の授業を始めて、挨拶ができるようになりました」と書いた人がいたんです。私の授業って、大学なんですけども、起立礼から始めるんですよ。

 

MATSUMOTO
普通の大学はどうなんですか?
久米会長
やらないんです。

 

MATSUMOTO
やらないんですか?
久米会長
何もやらないんです。起立、だから、みんな引くわけですよ。

 

MATSUMOTO
普通の大学でどういうふうに始まるんですか?
久米会長
なんとなくダラダラ始まって、ダラダラ終わっていくんです。私は、私からしてみたら、学生の方々お客様なので神様ですよね。ですから、起立して、私の方から「ようこそ、いらっしゃいました」ってご挨拶して、そして、生徒の方も「ようこそ、いらっしゃいました」って復唱するという、ちょっとね、今どきの若い人が見たら、相当引くわっていうやつをやっています。

 

MATSUMOTO
最初どんな反応だったんですか?
久米会長
声が出ない。真っ直ぐ立てない。

 

MATSUMOTO
立てない?
久米会長
真っ直ぐ立てない子多いのは知っているでしょ。フラフラして、気をつけができない、姿勢をちゃんと正して、そしてね、なんでこんなことやるんだっていう顔していますから、違うよと、私の尊敬する先輩でシリコンバレーで起業した人がいるけれども、起業家向けのスクールに行ったら、やっぱりプレゼンの前の挨拶と、最後の挨拶が大切だと言っていたらしいし。松下幸之助さんもね、挨拶したときのその人の残像を見るとか言っていたらしいよと。

 

だから、就活の面接でも役立つから、ちゃんと挨拶できるようにしようと言うと、やってくれるし。私は大きい声出ちゃうのでね、私ばっかりやっていても駄目だから、次回からは、誰かやる人、先導してね、「ようこそ、いらっしゃいましたって言ってくれる人」ってやると、最初、シーンとしていますよね。目に浮かぶようでしょ。

それで、一人ずつ出てきていただいてやるんですけども、多分、1年に1回ずつ、同じ人何回もさせちゃいけないので、一人ずつやるんですけど、そこ出た人がちょっとだけ人生変わったと思います。大きい声出したし、ぱっと手を挙げられたという。

 

MATSUMOTO
手を挙げる人の特徴とかあったりします?
久米会長
今は、今どきは、まず前にいる人が多いです。これは非常に面白いことで、ソフトバンクの孫さんなんか、いつも一番前に勉強会座っていましたよ。放っておくと、後ろから座るのが、今どきの学生です。私も年間、多いときはね、数十回講演させていただいたりしますけども、起業家とか、経営者の勉強会のときは、前から埋まります。

お勤めされている方とか、自治体の方が来る勉強会は後ろからなんです。ですから、当然、前にいる人が手を挙げる。あとは、男女でいうと、女子の方が最近は元気だという特徴がありますね。

 

MATSUMOTO
あの心理はどういう心理があるんですかね。前に座る、後ろに座るという、座る人の心理。
久米会長
私の今、高3、中3の子供の親だから分かるんですけども、やっぱり一言で言うと、意識高い系が嫌われると、意識高い系という言葉を若い人が座るんですけども、それこそ、前に座って最初に質問して、先生に話かけに行くような人が意識高い系、それよりも、少し斜に構えてて、後ろの方に座って、そして、何人かのグループを組んでいる方が、楽だしかっこいいというふうに思っている人が多いんですよね。

 

MATSUMOTO
その分野に対して、学ぶ意欲が強い人。
久米会長
というのがいれば、一番いいんですけども、そういう方は、さっき言ったみたいに、ほんとにごく一部の方ですね。ちょっと前までは、留学生の中でも、例えば、中国から来た人とかね、韓国から来た方が、すごく勉強熱心だと言われたんですけど、今はもっとアセアンの人ですね。だからやっぱり、ある程度、ハングリーな環境にいる人じゃないと、勉強しないのかもしれません。

だから、起業家が今減っているという点でも、そうなんですけど、私はなんでこんなにみんな元気なくなっちゃったんだろうかとう、ほんとに危機意識持っていまして。

一つはある程度、みんな中流になってしまったと、だから、私が生まれ育ったところは、まだ昭和38年生まれなので、物がない時代ですから、欲しいもの山ほどあったんですよね。例えば、いつかお金貯めて、いい車乗りたいとかね。ギターやったら、いいギター買いたいとかあったんですけど、今欲しいものがなくなっちゃった。それなりに、みんな揃っている。

 

あとは、同調化意識はもともと日本人はあったんですけど、みんなで同じでいると安心できると、ずっと泰平の世が続いたし、デフレも少しずつゆっくり悪くなっていって、ゆでガエルみたいになっているわけですよね。

そして、あとは、一番が、元気な大人にあまり会ったことがない。大きな会社に勤めるか、公務員になりたいと思っている。自分がなりたいと思っているわけじゃなくて、親がそう言い続けているというところが大きいんじゃないかと思うんですよね。

 

MATSUMOTO
それはやっぱり根本的には、教育とか?
久米会長
教育の問題と、家庭環境の問題と両方あると思います。例えば、コミュニケーションが苦手というのは、学生たちと話しますとね、私のころは個室なんか持っていないわけです。うちの子供も個室持っていないですけども、要は、ガヤガヤした環境で、人がたくさんいる中で関係性を作っていったわけです。下町ですから、窓も開けっ放しで、知らないおじさんが次々入ってきて、ご飯一緒に食べるみたいな環境でしたし、銭湯行けば、みんな裸の付き合いやっているっていうのがありましたけど。今は場合によっては、高層マンションでね、自分の部屋が与えられていて、そこにテレビもなんでもあってという感じでしょ。

 

だから、聞くと、1日誰とも話しないときもあったなんて子供たちも多いんですよね。僕らのころは、例えば、家が商売やっていましたから、コロッケとか、夕食のご飯とか買物に行く係ですよ私が。町出ると、至るところに、おじいさん、おばあさんが座っていたりして、話しかけるわけですよね。

「買物行くのか、感心だね」と言ったときに何か返さないと、後でお風呂で言われちゃうから、だから、感じでいうと、吉本のひな壇芸人みたいな感じで、町を歩いて、そして、コンビニ、スーパーはないですから、お肉屋さん行って、「くださいな、コロッケ何個、メンチ何個ください」って言わなきゃいけない。そのときに、ちょっと気の利いたこと言えば、ポテトフライおまけしてくれるかもしれないと思いながら、掛け合いをするわけですね。

 

MATSUMOTO
そういうお子さんだったんですか?
久米会長
私だけじゃなくてね、下町の人はみんなそんな感じだったんですよ。毎日裸の付き合いをしている。だから、僕は小さいころ、逆にそれが嫌でね、もっと個室で一人の時間が欲しいと思っていたんですけれども、今になってみると、それが行き過ぎたがために、若い子がコミュニケーションできなくなって、さらにまずいことに、スマホとSNS持っていますからね、さっきの電話取れない電話かけられないところまでいっちゃったのかなと思っているんですけどね。

 

「すぐやる人だけがチャンスを手に入れる ~すぐやるカエルの冒険ストーリーに学ぶ「すぐやる技術」」

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MATSUMOTO
今スマホの話が出たので、ちょっと私も読まさせていただいたんですけど、新刊ですかね、「すぐやる人だけがチャンスを手に入れる ~すぐやるカエルの冒険ストーリーに学ぶ「すぐやる技術」」、これカエルが主人公の冒険ストーリー、非常に面白かったんですが。
久米会長
ありがとうございます。

 

MATSUMOTO
その中で、すぐにやる人に変わる五つの鉄則という部分が読まさせていただきまして、

すぐにやる人に変わる五つの鉄則

1、一番エネルギーが大きな人を探す。
2、一番近くに座って、見つめる。
3、なるべく多く質問や意見をする。
4、できるだけ集中的に会う。
5、素直に言われたことをすぐやる。

詳しくは書籍を読んでいただきたいんですが、ちょっとせっかくなので、生の声でどういったことなのかということを、ちょっと伺ってもよろしいでしょうか。

久米会長
ありがとうございます。確かに、今インターネット時代で便利ですからね。どこに行っても、世界 中の人の行ったことがテキストで読めたり、Youtubeで見れたりするんですけども、一番大切なのは、その人と生で会うことだと思っているんです。

やっぱり言葉でできない、言葉になっていないエネルギーというのが現場にはあると思っているんですね。できれば、その人の近くにいた方が元気になります。私もそのことに気がついてから、なるべく、この人すごいなと思う人が見つかったら、一番前で聞くとか。あとは例えば、そのあと懇親会があるんだったら、ちょっと図々しいかもしれないんですけども、その人の隣にいるということをするんです。不思議なことで、一緒にいるだけで元気になるんです。私はどちらかというと、学生のとき、半分うつみたいな学生でした。

 

MATSUMOTO
そうなんですか?
久米会長
そうなんです。地球環境問題に悩みね、あとは、人類の行く末を戦争のことも含めて思い悩んで、21世紀なんか来ないんじゃないかと思っていたくらいの、非常に暗い学生だったんですよ。

 

MATSUMOTO
全然見えないです。
久米会長
そうかもしれません。大学に行ってもね、やっぱりどちらかというと、暗い先生が多かったわけですよ。ところが、ゼミの平野先生と言う方にあったら、この人が二言目には、「今ほど、いい時代はない」と、意味分からないですよ。今だと、なぜいい時代なのかというのは、ようやく分かるようにはなったんですけど、「君たちは幸せだ、このね、激変の時代に大学で学べるなんていいことはない」って言われて、最初は私も冷めた学生ですから、何言っているの、このおばちゃんと思いましたよ。

でも、たまたま私がその先生に会ったのは、留年して、友達がみんな別のキャンパスに行っちゃったあとだったので、人目も気にする必要もないから、でも、なんかこの人はすごい人な気がすると、おぼろげに直感したので、一番前で聞いたんです。あんまり知り合いがいないからね。あいつだけ、一番前で聞いちゃって、嫌なやつだなって思われないからね。そして、毎日いるうちに、明らかに、自分が元気になるんですよ。

 

そして、勉強しなかった大学生だから、あんまり意味は理解できなかったけど、この人について行こうという気持ちになって、ゼミに入れてもらうんです。そして、一番前にいると、まず変化が起きるんですよね。後ろの方にいると、例えば、100人授業受けている人の一人って感じがするんですけども、一番前にいるとね、1対1で、落語家がね、例えば、師匠に稽古つけてもらうような気持になるんですよ。

まるで、対話しているみたいに、対話しているようにやっていると、当然、今まで質問なんて考えたこともないけども、聞きたくなるようなことが出てくるんです。そして、聞いてみると、私も今、先生だから分かりますけども、学生から質問される、若い人から質問されるほど嬉しいことはないんです。

 

熱く語ってくれると、自分のためだけに、そういうエネルギーと知恵をシャワーのように浴びていると、私のようにかたくなだった、うつっぽい学生でも、だんだん元気になってくるんですよね。

そして、大学のときですから、ゼミに入ればね、嫌でも週に2回とか会うわけでしょ。そして、小さな教室でやるから、それを2年やっていくと、不思議なことで、ほんとは3年がいいのかもしれませんけど。卒業するときには、ウルトラポジティブな人間になっていたんですよ。なぜかよく分からないけども、そうなっていたんですよ。

 

MATSUMOTO
それは授業を聞いたあとに、それをどこかで活かそうという、そういう意識みたいなのは?
久米会長
まだそこまでは出てこないです。だから、いきなりそれ活かそうと思うと、ハードル高くなっちゃいますから、私が経験したいのは、とにかくこの人が自分の師匠、マスターだと思ったら、その人の側にということですね。

だから、それは私、今も続いていまして、この人、師匠だと思うと、例えば、月次の勉強会があったら、いつも行って、一番前でやるということを、50過ぎてもやっています。

MATSUMOTO
素晴らしい。

 

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久米繊維工業株式会社 取締役会長 久米信行

1963年東京都墨田区生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、ゲーム会社、日興證券を経て、家業の久米繊維工業3代目社長(現会長)。バブル崩壊とデフレに見舞われ、数十億の債務を背負うも、インターネットやエコロジー対応に先手を打ち勝ち残る。明治大学商学部ベンチャービジネス論講師。主な受賞に日経インターネットアワード、経済産業省IT経営百選最優秀賞、東京商工会議所勇気ある経営大賞特別賞。東京商工会議所起業創業支援委員・墨田支部副会長、墨田区観光協会理事、日本財団CANPANセンター理事、新日本フィルハーモニー交響楽団評議員。

主な著書に、すぐやる本ブームに火をつけて15万部のベストセラーになった『考えすぎて動けない人のための「すぐやる!」技術』(日本実業出版)、『面倒くさがりで続かない人のための「やり抜く!」技術』(日本実業出版)、『すぐやる人の「出会う」技術』(かんき出版)、『ピンで生きなさい 〜会社の名刺に頼らない生き方〜』(ポプラ社)ほか多数。

 

 

 

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