サービス業のブランディング

商品作成

From:松本泰二

サービス業には他の業種にはない特徴があります。商品の形がない、品質が定まってない、顧客と提供者が同一の時間に同じ場所にいないといけない、商品がストックできない、需要にムラがあるという五点です。

そのため、形が存在する商品を取り扱う業種とは異なるマーケティングを行う必要があります。同時に、ブランド化するのが非常に難しいといわれています。しかし、決して不可能ではないし、成功している事例もあります。

 

ここでは、家事代行業として目覚ましい発展を遂げているベアーズを取り上げて、どのようにブランド化したか、どのようなマーケティングを行ったのか見てみましょう。

 

一般大衆でも利用できる家事代行

我が国の家事をサポートする業種としては古くから家政婦という存在があります。派出婦、お手伝いさんとも呼ばれていましたが、おおむね雇い先とは直接主従関係を結ぶというのが通常です。

 

一方、ベアーズが立ち上げた家事代行業ではクライアントの立場として会社と契約します。そして、クライアントの要求に応じて作業スタッフを選び、派遣します。スタッフとクライアントの間に主従関係はなく、作業内容にクレームがあれば家事代行業者へ連絡をすることで担当者を変更することができます。

また、トラブルが生じた場合は会社が責任を取ります。労働時間に関しては、家政婦の場合は日給制が主体であるのに対して、家事代行業では時間制を採用していることが多いようです。お手伝いさんと呼ぶ場合は住み込みが多く、朝から晩までというケースが多かったようです。

 

さらには、業務内容を調理、掃除、後片付けと明確にしたのが家事代行、家政婦は家事全般から育児、ペットの世話、お年寄りの介護とどんなこともこなしています。

このように、家事代行業は業務を明確にして時間単位で管理し、料金を分かりやすくして気軽に依頼しやすくしました。それまで、家政婦といえば資産家しか利用できなかったのですが、一挙に大衆の手が届くものになりました。

 

ベアーズの戦略

新しいシステムを導入し、大衆が利用しやすい家事代行業を立ち上げたとはいえ、50〜70代の日本人には大きな壁が立ちはだかっていました。「家事は自分でやらなければならない」というものです。

これは強制されたものではなく(当初はそうだったのかもしれませんが)、自分でそのような制限を設けているのです。見知らぬ人を自分の家に入れるのも抵抗があるようです。キーを預けておけばベアーズのスタッフは留守の間に入って家事を済ませますから、その点に抵抗がある人も少なくないようです。

 

ベアーズが取った戦略は体験型ギフトです。子どもたちから母親へ、夫から妻へのプレゼントとして家事代行チケットを使うように提案したのです。自分のために家事代行を頼むのは気が引けても、プレゼントされた代行チケットなら抵抗なく使います。そして、ひとたび使ってみればハードルは低くなり、心理的な抵抗は感じられなくなります。

 

現在、ベアーズのギフトは「おそうじ美人RED・BLUE・GREEN」の3種類です。それぞれ1時間、2時間半、3時間で、料金は5000円、12000円、20000円に設定されています。

近年は法人契約も増え、共働きをしている女性社員にチケットを渡して働きやすさを演出するようになったのです。2004年に次世代育成支援対策推進法が施行されています。

これは急激な少子化に歯止めをかけるために施行されたもので、結婚した女性、家族を持つ女性が子育てと仕事を両立させやすいようにと制定されたものです。女性の社会進出がますます加速する今後、家事代行業はさらに需要が増えると予測されます。

 

スタッフが会社の顔

冒頭で記したように、サービス業には形がありません。そのため、差別化を図って顧客に満足してもらうにはスタッフの対応が非常に重要になります。

 

一つの例として、ホテルで働くスタッフにはどれだけの数がいるかをみてみましょう。フロント、ドアマン、ベルパーソン、コンシェルジュ、ハウスキーピング、ルームサービスと宿泊部門だけでこれだけのスタッフがいます。そして、それぞれの段階で宿泊客と接触するわけですが、そのどれ一つでも対応がないがしろにされると客は満足を得ることはできません。

すべてが客の期待値を上回ってないといけないのです。フロントからハウスキーピングまでが完璧な対応をしても、ルームサービスがミスをすればすべては台無しになってしまいます。つまり、スタッフ全員が高いレベルのサービスの質を持ち、同じ意識でなければいけないのです。そのために欠かせないのがインターナルマーケティングです。

 

インターナルマーケティングとは

フィリップ・コトラーはアメリカの経営学者で、近代マーケティングの父と評されています。消費者のセグメンテーションやターゲッティング、ポジショニングといったおなじみの理論も展開しています。そのコトラーがこう言っています。

「エクスターナルマーケティング以前にインターナルマーケティングが必要だ」

 

サービス業のマーケティングには3通りあります。インターナルマーケティング、エクスターナルマーケティング、インタラクティブマーケティングがそれです。ビジネスの世界でよく用いられるのはエクスターナルマーケティングで、いうまでもなく企業が消費者に対して行う活動です。

 

それに対して、インターナルマーケティングとは企業が従業員に行うマーケティングです。社員に対してなにを売り込むのかと思った人はいないでしょうか。売り込むという考え方は過去のものです。現在は、顧客に満足してもらうために商品やサービスを提供するというのがマーケティングの意味です。

つまり、インターナルマーケティングとは社員が満足してもらうにはどうすればいいかを会社が考えることと解釈していいでしょう。

 

社員が満足して業務に誇りを持てるようになれば質の高いサービスが期待できます。その結果、顧客が満足して利益につながるというのがインターナルマーケティングの基本的な考え方です。反面、一時的に顧客が満足したとしても社員の対応が悪ければその顧客はすぐ離れてしまうことも知っておかなければなりません。

なお、インタラクティブマーケティングとは社員が顧客に実施するマーケティングです。サービス業ではこのエクスターナル、インターナル、インタラクティブマーケティングの三つを考える必要があります。

 

ベアーズの企業理念は「全従業員の幸福」

ベアーズは企業理念と社是、行動規範を定めています。この三つはなにがどう違うのか分かりづらい言葉ですが、ここでは次のように定義づけておきます。

まず企業理念ですが、これは企業がどうあるべきかという基本的・根本的な考え方です。ベアーズのそれは「全従業員の幸福を最優先として、感謝と思いやりを基にしたパイオニアスピリッツの集団となります」、および「全人類が心豊かな人生を歩める社会の実現に貢献します」としています。

次の社是とは、その企業が正しいとしているものを指します。ベアーズでは、これを「お客様感動度120%の飽くなき追求」としました。

 

三番目の行動規範は「ベアーズの最高のサービスを一人でも多くの人に利用してもらうよう常に努力、改善をすること」「お客様に笑顔で接し、好きになり、そして感動していただきましょう」です。

ベアーズはなによりも社員の満足度を高めることを最重用視しているのが分かります。そのために実施しているのが社内アンケートです。全社員を対象として不定期で実施し、幸せに働けているかどうかを尋ねています。初期は不満だらけだったそうですが、社員の声をフィードバックして問題点を改善しているうちに不満の声は徐々に小さくなっていったそうです。

 

社会貢献と志

ベアーズのもう一つの企業理念を見てみましょう。それは「全人類が心豊かな人生を歩める社会の実現に貢献します」でした。ベアーズが始めた家事代行業という業種はそれまでの我が国にはない分野でした。女性の社会進出に拍車がかかっていた時代ではあったものの、それをサポートする態勢はほとんど整っていなかったのです。

このことは高橋ゆき副社長自身が体験しています。かつて香港で働いていたおり、女性の社会進出が定着している現地ではメイドサービスが普及しており、家事はすべて彼女たちが受け持っていました。おかげで働く女性は心置きなく仕事に専念できたのです。

 

しかし、帰国するとそのようなシステムはなく、当時の日本にはハウスキーパー(家政婦)しかいなかったのです。これは冒頭で解説した通りです。

高橋ゆきさんと同じ境遇の女性はきっとたくさんいるはずという信念でスタートさせたのが家事代行業です。それまではまったく存在しなかった業種を立ち上げ、需要を満たすと同時に雇用を創出したのです。その結果、働く女性たちにゆとりと笑顔が生まれました。

 

もっとも、リーダーである経営者個人がどんなに優れた能力を持っていても、チームを形成して活動する場合は各スタッフのスキルを引き出さなければ望むような結果を生み出すことはできません。

そのために必要なのが志です。社員が志を共有し、全員が同じ方向を向いてこそそれが可能になります。ベアーズは社会貢献という志を立て、全社員がそれを共有しています。

 

サービスの一貫性

2016年9月現在、ベアーズの正社員は200人、パート・アルバイト・契約社員は193人です。そして、それ以外にベアーズレディと呼ばれる登録スタッフが約4400人います。

新しい顧客が家事代行を依頼しようとするとまず同社のホームページをチェックします。そして、電話、またはメールで連絡を入れます。それを受け取ったスタッフは担当マネージャーに伝えます。次いで、マネージャーが新規顧客に応対し、どのような要望なのかを聞き取ります。業務内容を聞き取るとそれに適したベアーズレディを選別します。

彼女たちは指示された日時に趣き、顧客の要望である家事をこなします。終了するとマネージャーが再度顧客に連絡を入れ、成果についての感想を尋ねます。

 

このように、顧客に対してベアーズではさまざまなスタッフが応対することになるのですが、その作業一つ一つを外部に任せることなく、すべてを自社のスタッフでこなしています。ホームページの作成やコールセンターも同様です。ベアーズの企業理念や社是を理解していないメンバーが介在するのをよしとしていないのです。

ベアーズでは朝礼タイムに10〜15分程度、社長が主催する勉強会(ベアーズフィロソフィと呼ぶ)を実施しています。偉人や著名な経営者などの言葉や考え方を知り、その過程で社長が願っていることや会社が目指すものを理解してそれを実践しているのです。理解できていないスタッフにベアーズの仕事を任せるわけにはいかないという方針です。

 

お客様感動度120%

続いて社是に移りましょう。ベアーズのそれは「お客様感動度120%の飽くなき追求」でした。この目標を達成するためにべアーズは三つのポリシーを設定しています。PhiloSophy、Quality、Hospitalityがそれです。

ビジネスに哲学というのはそぐわないような気がしますが、フィロソフィーと哲学とでは厳密には意味が違うようです。現在、哲学とは抽象的で非常に広い範囲に渡る学問と受け取られています。対して、フィロソフィーは本来は日本語に該当する言葉はなく、明治時代に啓蒙家である西周が哲学という用語を使ってそれが一般化したものです。ギリシャ語のphilein(愛)とsophia(知恵)が合体したものなので、語源から「愛智」といわれています。

 

このフィロソフィーという言葉をしばしば使ってビジネスに定着させたのは、京セラやKDDIの創業者でありJALを再建させた稲盛和夫さんです。京セラ時代に打ち出したのが京セラフィロソフィーで、これは経営哲学であり人生哲学でもあります。

 

内容は多岐に渡っているのですが、「原理原則に従う」という項目の中で「会社経営は世間の道徳に反しないものでなければ長続きはしない」と言っています。

プリミティブな規範に従い、公明正大な判断をしなさいというわけです。自分にとって、会社にとっていいというのではなく、人間であれば誰が見ても正しいと思うことをしなさいといっているのですから決して難しいわけではありません。

 

ホスピタリティとはもてなしの精神

クオリティについては改めて説明する必要はないでしょうから、ここではホスピタリティについて解説しておきます。この用語の語源はラテン語で「客人の保護」を意味しています。自宅で開くパーティにお客を招いたとき、ホストは彼らが満足できるように最高のもてなしをします。

ですから、そこに金銭の受け渡しはありません。一方、サービスの語源はサーブ=奴隷です。主人に対して奉仕する・仕えるという意味で、そこには主従関係があります。

 

具体的な違いとしては、サービスは命じられて行う行為であり、ホスピタリティはお客の要望以上のことをするといえば分かりやすいかもしれません。もちろん、このホスピタリティ精神を実践するのは簡単ではありません。スタッフがお客のことを真剣に考え、どうすればお客が満足してくれるかを常に意識しておかなければならないのですから。

そして、スタッフがこのホスピタリティ精神を身につけるには、スタッフ自身が満足していなければならないのです。そう、ここで再びベアーズの企業理念である「全従業員の幸福」に戻ってくるのです。社員が満足すればお客が満足するホスピタリティを実践し、お客が120%の感動を得ると、その結果として売上が伸びるという正のスパイラルが生まれます。

 

逆の見方をすれば、社員が満足できない会社はお客が満足することはなく、客足は次第に遠のいてその会社は消滅するということになります。三番目の行動規範については補足する必要はなく、詳しい説明は省きます。

 

ダイレクトコミュニケーションの重要性

ベアーズのロゴにはDirect Communicationという文字が添えられています。文字通り直接コミュニケーションを取るという意味で、顧客と直接対話して細かく情報をやり取りし、フィードバックさせることを目的としています。また、経営者と社員が直接コミュニケーションを取るため、企業の理念を統一・共有することが可能になります。

 

ベアーズが社是としている「顧客感動度120%」を実現するためにサービスの指針としているのが三つのCです。コミュニケーション、Cordiality(コーディアリティ=真心・思いやり)、Courtesy(コーテシィ=礼儀正しさ・丁寧)がそれで、コミュニケーションは筆頭に挙げられています。それだけ重用視しているわけで、顧客との信頼関係を築き上げるためにはコミュニケーションは絶対に欠かせません。

コールセンター、マネージャー、そしてベアーズレディの三者は電話、または対面によって顧客と接触します。そのいずれもが同じ理念を持ち、顧客の要望を十分汲み取れるようにしようという意志の表れです。

 

そして、コールセンターが、マネージャーが聞き取った内容を確実にベアーズレディに伝えます。ここでもコミュニケーションは重要な役割を果たします。

コミュニケーションを大切にする業務を繰り返す結果、ベアーズの社員たちは柔軟性を身に付け、コミュニケーション能力をさらにアップさせることになります。ここでも正のスパイラルが生まれているのです。