From:松本泰二
モノ作りの技術を追求してきた職人にしばしば見られる傾向として、いいモノを作っていれば黙っていても売れるんだという意識があります。数十年前の品質のいいモノと悪いモノが混在していた時代はそれでよかったのでしょうが、現代はそうではありません。各メーカーや販売店がしのぎをけずっています。
よほど飛び抜けた技術や希少価値がない限り、がないとヒットには結びつきません。
男は黙って……は通用しない
日本人という民族は伝達力というか、コミュニケーション能力が非常に劣っています。理由は三つ考えられます。
閉鎖された島国に住む単一民族
一つは、閉鎖された島国に住む単一民族であるためみんなが同じ考え方をしており、細かく説明しなくても伝わる、いわゆる阿吽の呼吸で物事が進行するのです。
「和を持って尊しとなす」精神
二つ目は「和を持って尊しとなす」精神です。堂々と意見を述べると反対意見が生まれます。すると和が乱れます。和を乱さないためには意見を出さない=沈黙を守ったほうがいいというわけです。
武士道の精神
三番目が武士道の精神です。自分の思想や感情を長々と話すとその内容が軽く取られ、誠意に欠けるとされていたのです。
沈黙は金、雄弁は銀という海外のことわざが意味を誤って受け取られたこともあって、いまだに日本の風土には沈黙を美とする習慣が根付いています。しかし、ビジネスの世界ではもはやマイナスでしかありません。ヒット商品を生み出すにはその価値を消費者に正確に伝えなければなりません。
仮にあなたに同期入社のライバルがいて、その彼が非常に自分を売り込むのが上手で、実力もないのにどんどん昇進していく姿を見てあなたはどんな気持ちになりますか? 同じ社内にいて長い期間が経過するとそのライバルの化けの皮が剥がれる可能性はあります。寡黙ではあってもあなたの実力を見せつけるチャンスがあるかもしれません。
しかし、新たに開発した商品ではそんなに時間をかけることはできません。売行きが伸びなければ翌年には販売が中止される可能性もあるのです。
イメージを伝える
開発担当者が苦労して商品を完成させ、それを売り出すための方法を模索している現場に立ち会っていたとしましょう。その商品に対する思い入れが強い開発者たちはあれこれとアピールポイントを挙げるはずです。
競合他社の商品に比べてどんなところが優れているか、価格は、ランニングコストは、消費者が困っているどのような点を解決してくれるかなどなど、メリットをありったけ込めようとします。その結果、あれもいい・これもいいといういいことずくめの羅列となってしまいます。
では、広告なり、プレスリリースなりの形にして、それを消費者にどのようにして伝えますか?
まさか、商品の写真といいことずくめの文字を並べるだけにしないでしょうね。それでは、まったく作り手側の目線でしかありません。第三者である消費者には到底イメージが伝わらないでしょう。
イメージというと分かりづらい言葉ですが、例えば映像にしてみてください。軽いというメリットを訴えたい商品、例えば眼鏡であれば、鳥の羽毛と同じようにフワフワと舞い落ちる動画を使ったり、タンポポの綿毛の上に乗せてみたりとか、実際にはあり得ない画像であっても視覚化されるとイメージとして印象づけられ、軽いというメッセージが分かりやすく伝わります。
消費者が購入して手に取るまでその商品の価値は分かりません。それでも購入してくれるのはイメージが先行しているからです。広告や記事、人から聞いた口コミ、売場で見たパッケージなど、イメージを形作るものはいろいろあります。それら一つ一つを大切にして商品の価値を効率よく正確に伝えることを怠ってはいけません。
いくつもある「1番!」
売上げ一位! というキャッチコピーを見た(あるいは聞いた)消費者は、その商品に対してどんなイメージを抱くでしょう? 食べたり飲んだりするものなら、その美味しさは誰もが認めているからきっと美味しいに違いないという信頼感を持つのではないでしょうか?
ところが、この1番には裏があります。
例えば缶ビールの場合、現在ではさまざまに細分化されています。ラガー、発泡酒、雑酒がありますし、キャッチコピーによるとのどごし1番、新ジャンル1番というのもあります。つまり、細分化されたそれぞれのカテゴリーの中で1番というのです。
缶コーヒーも同様です。無糖ブラックの中では1番、180mlの小型サイズでは1番とやるわけです。人気の高いダイソーの掃除機もそうです。購入当初の高い吸引力を持続する能力が1番なのです。決して吸引力が1番ではありません。それなのに、消費者は1番を勘違いして飛びつきました。これもイメージです。決してウソをついているわけではありません。
自動掃除機ルンバのイメージ戦略
ロボット掃除機・ルンバは一躍時代の寵児となった感がありますが、我が国で販売するに当たってマーケティング戦略をかなり練り上げています。その中からイメージに関連したものを紹介してみます。
そもそも、日本人は真面目で非常に勤勉な性質を持っています。そのため、手抜きをする、楽をするということに対して罪悪感を抱きます。自分でやるべき掃除をロボットに任せるなんて……という意識が強いのです。
そういう背景でロボットに掃除をさせるメリットとして打ち出したのが、空いた時間に料理をするというものです。ルンバを開発したアメリカのアイロボット社のコンセプトは、単調で汚く、危険な作業は人間がやるべきではないというものです。食器や室内の汚れをクリーンにしたところでそこに新しいものを生むことはありません。
それに対して、料理というクリエイティブな分野はもっと手をかければ美味しい食べ物が生まれ、家族が喜ぶという結果が導き出されます。ロボットにはできない分野なのです。
洗濯機や炊飯器、食器洗い機は大半が自動化されています。掃除も自動化されていいのではないですか……消費者にこう語りかけたのです。ルンバのある生活、掃除はしなくてもいい生活というイメージを伝えたのです。
短く簡潔に!
商品のメリットを伝えたいケースの一つに営業トークがあります。一般消費者を対象とした営業トークもありますが、ここでは分かりやすく企業に売り込む場合を考えてみましょう。当然、不特定多数ではなく、取引先企業の担当者に対して商品の価値を伝えなければなりません。
このとき注意しなければならないのが同じ日本人同士だということです。先ほど、日本人は単一民族のせいで細かく説明しなくても話は伝わるといいました。そのため、論理的な説明が苦手で国際社会では苦労しているというのが現状なのですが、それは営業トークにも表れます。
つまり、論理的な説明ができず、だらだらと商品に関する情報をあれこれしゃべってしまい、時間ばかりかかって肝心の言いたいことが伝わらないという結果に終わりかねないのです。
最近注目されている用語の一つにエレベーターピッチがあります。ピッチとは説明するという意味で、アメリカ・シリコンバレーの起業家が偶然エレベーターに乗り合わせた投資家に売り込むためのトークを指しています。
目的フロアに着くまでのエレベーター内での話ですから、長くて30秒、短い場合は15秒もありません。その間に売り込むのですから簡潔で分かりやすくてはならないのです。これはエレベーターの中に限らず、忙しいビジネスマンすべてに共通する説得術といってよく、論理的な話し方が苦手な日本人にぜひ習得してほしいものです。
簡単にその概略を説明しましょう。主な内容は二点です。
聞いてほしい内容=こちらが売り込みたいモノ、そしてそれを手に入れれば相手に取ってどんなメリットがあるか、です。このままの順序で説明してもいいのですが、相手の興味をより強く引くには逆の場合がいいかもしれません。
こんなことで困っていませんか? こんな問題を抱えていませんか?それを解決するのにピッタリの商品が我が社にあります。販売を開始して二か月ぐらいで人気があり、すでに○○社さんからご注文をいただき、好評をいただいています。ぜひ試してみませんか?
要点はこれだけです。その商品が取引先のニーズに合っていれば、もっと詳しく説明してくれという方向に話が進むでしょう。ニーズに合っていなければそれまでで、あなたはほかの会社に当たった方が効率は上がるはずです。
エレベーターピッチがもたらすもの
エレベーターピッチの要点は簡単です。しかし、従来の営業トークに慣れていると、なかなかこのように簡潔に話を進めることはできません。相手になにを伝えればいいかをコンパクトにまとめる習慣がないからです。
それを可能にするにはまず文書にまとめることをお勧めします。文書といっても簡単なメモで構いません。メモにすると、それまで20分も30分もかけていたトークはなんだったのだろうと感じるようになります。
それとともにあなたの頭の中が整理され、伝達能力が格段に進歩するはずです。営業担当者なら毎日のように日報をしたためていたでしょうが、その書き方が変わってきます。それまではとりもなく書き綴っていた可能性が高く、テーマも二転三転して、それを読んでいた上司が頭を抱えていたのが、整理されて論理的になり、分かりやすくなることでしょう。
短くて簡潔な伝達力はビジネスマンのスキルアップにもつながるのです。
パッケージは最終兵器
マーケティングを構成する4Pというのはご存じだと思います。商品(Product)、価格(Price)、流通(Place)、そして販促(Promotion)です。これにパッケージを加えて5Pとするべきだという意見が少なくありません。それほどパッケージの効果は大きいと思ってください。
いくつか例を挙げてみましょう。
最近話題を呼んでいるのがカゴメの甘熟トマト鍋です。この商品の前身は2004年から2006年に販売されたものですが、そのときは海鮮イタリアン鍋というネーミングで、パッケージの前面にはカニやエビ、ムール貝などの高級食材が並んでいました。メーカーとしては、若い夫婦が週末に我が家で手作りの高級料理を楽しんでもらいたいというコンセプトで開発したのでしょう。しかし、売上げは伸びず、販売は打ち切りになってしまいました。
しかし、中身はそのままで甘熟トマト鍋に商品名を変更。パッケージにはウインナーを大きくあしらいました。野菜を美味しく食べるための鍋としながらもウインナーを前面に出したことで子どもたちの支持を得て、11億円もの売上げを獲得したのです。
この例はネーミングの大切さも含めていますが、次は純粋なパッケージのみの変更例です。カントリーマアムというお菓子を皆さんは一度ならず食べたことがあるでしょう。
不二家のヒット商品の一つですが、このお菓子の主力は20枚入りで、スーパーを中心として全国の小売店で販売されています。オープン価格なのでバラツキがありますが、大体300円前後で販売されているようです。
不二家ではこれのミニサイズとして56g入り100円(本体価格)という商品をラインアップさせたのです。パッケージの上の方にはロングフックに陳列するための穴も開けました。これがなにを意味するかもうお分かりでしょう。そう、コンビニで販売するためのものだったのです。
コンビニで販売されるお菓子類の売上が高い価格帯は100円から150円といわれています。また、一人で食べるのに20枚入りは多すぎます。そして、アルバイトの店員でも簡単に陳列できるし、目立ちやすいロッドフックに陳列してもらうためのコンビニ仕様だったのです。この商品を登場させてカントリーマアムは売上が9%近く伸びたといわれています。
そのほか、夏でもティッシュの売上がダウンしないように(ティッシュは冬によく売れるそうです)、クリネックスはスイカやオレンジ、ライムなどのフルーツを模したパッケージを発表しています。ティッシュは箱のまま室内に置かれていることが多く、ボックスに対して消費者は少なからず関心を抱いています。そこを突いたというわけです。
クアーズのビールはロッキー山脈の水を原材料に使っていますが、そのロッキーの山々をパッケージに取り入れ、飲み頃である摂氏4度にまで下がると白いロッキーの峰がブルーに変化して話題を呼んでいます。皆さんが大好きなヱビスビールも、10度以下になると鯛が白からピンクに変わるめでたい缶を発表しました。
文庫本の世界はパッケージ変更が日常茶飯事
半ば日常的にパッケージを変えている例として文庫本を紹介しましょう。文庫というジャンルは名作をはじめとして長いスパンで売れている作品を多く扱っているのですが(もちろん新作も少なくありません)、旧作であるにもかかわらず、つまり中身はまったく同じであるのに定期的にカバーを作り直します。
読者はそのことを知っているのに、つい手に取ってしまいます。この本は我が家の書棚に並んでいたかな、誰かに貸したきりになっていなかったかな、息子や娘に読ませたいなといった理由で、再度購入する可能性が高いのです。
参考書などはその最たるものといっていいでしょう。英語の文法や化学式、古文、漢文などの内容はもう変えようがありません。切り口を変え、パッケージ(表紙カバー)を変えて新しい需要を掘り起こしています。
まったく新しい商品を開発するには人材と経費、時間を必要とします。しかし、従来の商品のパッケージを変え、新しい価値を付け加えたりネーミングを変更したりするだけならそれほどの手間はかからないでしょう。そして、それだけでヒットする可能性があるとしたら見過ごすのは非常にもったいない話です。